彼と彼女の好きなもの
2. 彼女 ①
 窓の外には青空が広がっている。

 夏の息苦しくなるような日差しは気づいたら遠ざかり、気持ちの良い日々が続いていた。
 視界に入る壁一面が窓と言っていいこの高層階のカフェに座っていると、温度のない高層ビルと空ばかりが目に入る。

 「良い天気ね」

 青空を背に彼女が微笑む。

 「そうだね」

 言いながら僕は華奢なティーカップの取っ手を持つ。カチャっと甲高い音が僅かにした。 

「どうかしら?」

 彼女は僕が飲むのを見ながら聞く。
 カフェのざわめきが波のように漂う中、その声だけがはっきりと僕に届く。

「ああ、美味しいね。香りがいい」

 良かった、と、彼女が微笑んだ。

「ここのホテルのカフェ、お気に入りなの。デザートも美味しいのだけれど、お紅茶が好きで」

 彼女の声は優しくて、たおやかだ。

「でも、珈琲を頼んでくださってもよかったのよ?」
「いや、せっかくのお薦めなんだから」

 そう言って、僕は普段は飲まない紅茶を口にする。家ではいつもコーヒーだ。毎日、豆から引いたものを自分で入れて飲んでいる。
 急にどこかのテーブルからどっと笑い声がした。女性客のグループだった。笑い声はすぐに収まったが、つい心の中で毒づいてしまう。騒ぐような場所じゃないだろうに。

 彼女は特に気にした様子もなく、ここの秋のお勧めらしいアップルパイを口にする。そして嬉しそうな顔をする。

「美味しそうに食べるね」

 僕は思わず笑いがこぼれる。彼女は口元に手を添えて、ちょっと恥ずかしそうにする。

「だって美味しいもの」

 そうだね、と答えつつ、彼女の可愛らしい仕草に自分の顔がだらしなくなっていないか心配になる。

 
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