まき
片思い
校門に出たところで、先程別れた場所に昴はもういなかった。きっと、西高に行ったのだろう。


────良、どこにいるの?


鞄から携帯を取り出し、良の電話番号にかけても、途中でアナウンスが流れて出ることは無くて。


昴なら分かるかもしれないと、走って昴に追いつくように駅の方へと向かった。だけど、もう電車は行ってしまったようで、駅のホームにはもう昴の姿はない。



良ならどこへ行く?
────そんなの、西高しかない。

いや、昴の言っていた“たまり場”という場所かもしれない。でも結局は西高の近くで。



学校をサボるなんて人生初めてのことだった。
だけど私は何の躊躇いもなく、西高がある方面の電車に、来た瞬間乗り込んでいた。



もしかしたら良から返事が来ているかもと、携帯を確認するけれど不在着信はない。

西高の最寄り駅で降りると、良や昴や聖が着ている制服の生徒が何人かいた。でもやっぱり、そこに見知った人はいない。

っていうか、そもそも、西高ってどこ?


最寄り駅は知っているけれど、西高がどこに建っているかなんて、行ったこともないのに分からない。
歩いて何分なのか、もしかしたらバスなのかもしれないとか。


近くにいる西高の生徒に聞こうにも、そんな勇気は無くて。


結局、駅員にここから歩いて10分ということを教えてもらい、簡単にどこでどう曲がるかを教えてもらった。


────けれども、


やっとついた先の西高の校門には、さすが不良高校とでもいうのか、校門の前に座り込み、煙草を吸っている生徒達が5人ほどいて。怖くて近寄ろうにも近寄れない。



ダメ元で、携帯を開き、良の番号にかける。


やっぱりアナウンスしか流れない。

良は学校にいるのだろうか、それともまだ学校に来ていない?


お願い、出て。
良に話したいことがあるの。

そう思って、3度目になる良への電話をかけた。


アナウンスが流れるだろうと思った。


『···なんだよ』

だけども携帯から聞こえたのは、機械的な女性のアナウンスではなく、何度か聞いたことのある低い声。
電話越しのそれは、通常よりも低く聞こえる。



「良···くん···」

『······、お前、学校は?』


電話が繋がったことに嬉しくて、今更良の言ったセリフにしまったと思った。また、1人で出歩いて怒られてしまうと。


「あ、あの、私、良くんに会いたくて」

『···あ?』

「いま、どこにいるの?」

『ちょっと待て、お前こそどこに···』


「西高の近くにいる」

またふざけんなって言われるだろう。
それとも別の言い方でキレられる?

それでも私は良と話をしたかった。


『そのフラフラすんの、マジでどうにかしろよ』


だけども聞こえてきたのは、良の呆れた声だった。



「良くん···」

『すぐ行く、そこ動くなよ。動いたら殺す』

「うん···」

『一歩もだからな』

「うん」


呆れた声だけれど、やっぱり怒っていたのかブチッと切られた電話。
良と連絡がとれた私は安心して、その場でズルズルとしゃがみこんでしまった。


自ら進んで私の護衛をすると言った良。


ずっと思っていた疑問。
あの顔を見て、謎がとけてしまった。

きっと良は、誰よりも辛い思いをしているのだろう。


それからしばらくして、息を切らした良が目の前に現れた。もう夏休み間近。気温は高い。

汗をかいた良が、どれだけここに急いで来たかを物語っていた。だけどそれと一緒に、良の顔が赤く汚れていた。ところどころ、白いシャツには同じような赤い斑点があって···。


「···昴に送ってもらったんじゃねぇのか」

「良くん、それ、ど、したの」


見ただけで分かった。
────それは血だと。


赤の中に含まれている黒っぽい色が、それをしめしていて。


「聞いてんのかよ」

「血が、」

「喧嘩してたんだよ、で、何でここにいる」

「喧嘩···?」


喧嘩してたの?
私と別れてから?

だからこんなに血がついてるの?



「良くん。怪我は!?」

思わず大きな声を出して、良に近づいた私に、良は少しだけ驚いた顔をした。


「···してねぇよ、つーか、向こう座んぞ」

そう言って、顔だけで合図した良は、近くに設置してある自販機の横のベンチへと足を進めた。

ズボンのポケットからお金らしいものを取り出した良は、それでペットボトルの飲み物を二本買っていた。そのうちの1本を渡された私は、良がベンチに腰掛けたように、私も良との間に1人分の距離をあけ座り込んだ。


「ありがとう···」

と言っても、良はこちらを見ずに、喉が乾いていたのかコーラを飲んでいた。



私に渡されたのはオレンジのジュース。

これはお姉ちゃんが好きな飲み物だった。


何故だか分からないけれど、ここにいる良は少しだけ穏やかな感じがした。いつもみたいに、イライラしたオーラが出ていない。



「────お前さ、」

座ってから、五分ほどした時だった。
沈黙が流れていた私達の間に、良が口を開いた。



「聖と唯のこと、嫌いなのか?」


聖くんと、お姉ちゃん···。
まあ、そう質問してくるのは、あんな事を言ってしまったから当たり前なのかもしれない。


「···嫌いとか、そんなんじゃない。そんな簡単なもんじゃない···」

本心だった。
嫌いっていうわけじゃない。

だけど······。


「良くんは···」

ぎゅっと、買ってもらったジュースを握りしめた。



「────お姉ちゃんのこと、好きなんだよね」



良の友達である聖くん。
そんな聖くんの彼女のお姉ちゃん。

お姉ちゃんが好きだから、妹である私の護衛をするって言ったんでしょ?

女嫌いな良でも、お姉ちゃんが好きだから、お姉ちゃんとは普通に話してたんでしょ?

好きだから、お姉ちゃんの好きなオレンジジュースを私に渡してきたんでしょ?

お姉ちゃんが好きだから···。


────聖くんがお姉ちゃんと付き合ってるせいじゃない!

────何でそれを、お前が言うんだよ




心のどこかで良も同じことを思ってたんでしょ?
だからあんなに、悲しそうな顔をしたんでしょ?



好きって伝えたい。けれども伝えられない。
友達の彼女だから────···。



「誰にも言うんじゃねぇぞ」



そういった良の顔は、初めて見る人間らしい顔つきだった。



違うとも、何言ってんだとも、否定の言葉は一切なくて。



「初めてアイツを見たときにはもう、聖の女だった」

「······」

「別れりゃいいのにって、思ってないって言ったら嘘になる」

「······うん」

「けど、あの二人の顔見てたら、何も言えねぇよ」


あんなにも仲良しのお姉ちゃんと聖くん。
幸せそうな2人。


「壊したくねぇし」

「···うん」

「聖とはちいせぇ頃からの付き合いだし」


内心、驚いていた。
あんなにもいつもイライラしていた良が、こんなにもあたしに対して自分のことを話してくれるなんて。


「けど···、心のどっかで、唯がほしいって思ってる」

「良くん···」

「悪かったな」

「え?」


悪かった?
何が?


「そのイライラを、お前のせいにしてた」

私のせい?
それってつまり、良も私に八つ当たりをしていたということで。


「ううん、私も悪かったの。良くんに八つ当たりしてた。ちょっと、色々あって···。送り迎えするの、凄く大変なのに、ごめんなさい···っ」


私は良に向かって頭を下げた。
良は「やめろ、下げんな」と低い声で言って来て。


「だけどっ」

良に対して、酷いこと言ったのに。


「なあ」

「え?」

「簡単なもんじゃないってなんだ?」

「え?」

「さっき言っただろ、聖達のこと、嫌いなのかって聞いたら、そんな簡単なもんじゃないって」


そう言えば、そんなことを言ったような···。
正直に言えば聖くんは関係ない。

関係あるのは、私とお姉ちゃんの問題。


「良くんはどうしてそう思ったの?私が嫌いだって···」


「質問を質問で返すなよ」

「あ、ごめん···」


良は少しため息をついたあと、「お前と別れてから」と、口を開いた。

「喧嘩してきて、頭が冴えたっつーか、何でそこまでお前が追い詰められたか考えた」


追い詰められた?
私が?
良にはそんなふうに見えてたの?


「狙われて、護衛されてるだけなのに、何であんな事言ったのか···」

「······」

良からすれば、私が晃貴に抱かれていることをしらない。晃貴に写真を撮られて脅されていることも。



「思いついたんがお前が聖達のこと嫌ってて、関わりたくないのかってこと」

「······」

「で、簡単なもんじゃねえってなんだ」


絶対に、お姉ちゃんにはバレたくない。
迷惑をかけたくない。
一瞬たりとも、お姉ちゃんを邪魔しちゃいけない。


「それともなんか別の理由あんのかよ?」

あるよ。
いちばんの問題。
あなた達の敵の晃貴に抱かれてる。


「聞いてんのかよ」


でもそれは、脅されている以上、絶対言えないことだから。


「良くん、あのね、絶対誰にも言わないで。聖くんにも」


良は私に秘密を教えてくれた。
もしかしたら良がお姉ちゃんを好きだったこと、私しか知らないかもしれない。

だったら私も、良に言わなくちゃ。


「聖に?」

「うん」

「分かった、絶対言わねぇ」

私は良を見つめた。
良も私のことを見ていて。
その目を見ると、良は絶対に誰にも言わないと確信できた。

いつもと違う、イラついている瞳じゃない。



「私とお姉ちゃん、血が繋がってないの」


この時、良は何を思ったのか。


思わず泣き出した私に、良はぎこちない手つきで頭を撫でてくれていたような気がする。


多分、私自身も限界だったんだと思う。
誰でもよかった。ただ目の前にいたのが良だけのことだった、と思うけれど。

こうして相談して、話を聞いてくれたのが良で良かったと心から思った。


「お姉ちゃんの事は嫌いじゃないっ、聖くんも···。だけど、私だけ家の中では他人だからっ。家族に、お姉ちゃんに迷惑かけちゃいけないの。私、それをずっと何年も思ってて、でも、今回の事で我慢出来なくてストレスたまって爆発しちゃっただけなの」

「···ああ」

「ごめっ、良くんに八つ当たりしてっ。泣いて、すぐ泣き止むから···」

「別にいい、おさまるまで待ってる」

「あたし、あたし···っ、迷惑かけて、お姉ちゃんに嫌われたくないだけなのっ」

「嫌わねぇよ」

「で、で、でもっ···」

「唯が嫌うわけねぇよ。自慢の妹だって俺にも言ってんだから」


ほんとに?
血が繋がってないのに?
自慢の妹だと、お姉ちゃん言ってるの?


「唯とお前に何があったか知んねぇけど、んな深く考え込むなよ」

「うんっ···」

「俺なんか血繋がってても、すげぇ仲悪いからな」

「良くん···、兄弟いるの?」

「いるって思いたくねぇけどな」

「······」

「落ち着いたら、送る。今度は拒否んなよ、黙って送らせろ」

「···うん」


良は何も聞いてこなかった。
家族で私だけ他人の理由を。



お姉ちゃんと正反対の私。

そりゃそうだ、だって、血が繋がってないのだから。


結局、良には家まで送ってもらった。
こんな泣き腫らした目で学校へは行けないと思ったから。


家につき、別れ際、良が言った。
「唯と違って馬鹿っていって悪かった」と。


それは私と良が初めてあった日に言われたことだとすぐに分かった。

────お前、アイツと違って馬鹿なのか。

お姉ちゃんと比べた良。


きっと良は、お姉ちゃんと比べられることを私のコンプレックスだと、なんとなくわかってしまったのかもしれない。
もしかしたら、良にも兄弟に関してのコンプレックスがあるのかもしれないと思った。



「ううん、送ってくれてありがとう、良くん」

「もうちょい我慢しろ」

「え?」



我慢?
我慢とは?


いきなり話の話題が変わり、首を傾げた。

「夏休みなったら、送り迎えねぇから」


そうか、夏休みなれば、こうして良の送り迎えは無い。


「まあ、出かけるってなったら連絡しろ」

「あの」

「あ?」

「こうして送り迎えしてくれるの、お姉ちゃんがいるからだよね?」

「······」

「私、お姉ちゃんと」

「違うから」

私、お姉ちゃんと血が繋がってないし。
繋がってないただの他人を護衛するなんて、良からすればもはやもうただのやり損では?と良に言おうとした時、私の言葉を遮り良が「違う」と口にした。

「妹ってだけで、護衛なんかしねぇよ」

そうなの?


「俺にも色々あんだよ」

色々···?
お姉ちゃんの事ではなくて?


「じゃあな、真希。さっさと家ん中入れ」

「うん、ありがとう良くん」


送り迎えしてくれた良に初めてお礼を言えた。
いや、それよりも、「真希」と名前を呼んでくれたのが嬉しかった。




────話せば分かるやつだから


頭の隅で、聖くんのセリフを思い出した。
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