まき
清光
「おはよう、良くん」

始業式の朝、夏休み前とは少しだけ外見が変わった良が家の前で待っていた。変わったといっても夏休み前よりも肌が焼けたぐらいだけれど。


「······はよ」

眠たそうに声を出した良は、私が近づくまで待つとゆっくりと歩き出した。



「眠いの?」

「···ああ」


寝不足らしい良は、久しぶりに見るのに目付きが悪くて。


ずっとずっと夏休みの間、悩んでいた。
晃貴の言っていたことを良に言うか、言わないか。

清光高校で私と良が付き合っているという噂が流れている。敵が多いらしい良。清光の人たちは私を狙ってどうするつもりなんだろう。晃貴みたいに私をエサとして捕まえるんだろうか。



「あ、あのね、良くん」

「あ?」


清光高校で私たちが付き合っているっていう噂が流れてるの。そう言えば良はなんて言うんだろう?


どうして私が知ってる?って言うに違いない。


それは私が晃貴と繋がっていたから。


──やっぱり、良には言えない。

晃貴の嘘かもしれないし。


「ううん、何でもない···」


私は笑って顔を横にふった。



「変なやつだな」


呆れたように言う良の横に並び、学校へと向かった。



良や聖くんは、清光で出回ってる噂や写真のことを知らない。··私の写真はいつ撮られたんだろう······。


二学期に入り、2週間が経過した。
狙われてるなんて晃貴に言われたけれど、あんまりそういう“狙われてる”という実感が無かった。

あとをつけられてるわけでもなく。
良と一緒にいても清光高校の制服を着た人は見かけなくて。



「なあ」

学校の帰り道、珍しく良に話しかけられた。


「なに?」

私は首をかしげ、良を見つめた。


「お前、男は?」

「え?」

男?
男が何?
いきなり何の話?

「最近遊んでねぇの?」


遊ぶ···。あ、いつわりの彼氏のことか。
晃貴と会うために良には彼氏と遊ぶと嘘をついていたから。


もう晃貴と会うことはない。だからもう彼氏なんていう嘘はつかなくてよくて。

「···うん」

「別れたのか?」

別れた···。
そうか、もう晃貴と会うことがないのなら、それでいいのかもしれない。


「···うん」

良につく嘘が増えていく。本当に申し訳なくて。罪悪感からか顔を下に向けた。


「そうか···、聞いて悪かった」


だけど良は顔を下に向けた私が別れて悲しんでいると思ったらしく、そんなふうに謝ってきて。


どうして良が謝るの。

嘘なのに。

彼氏なんていないのに。

黙って会っていたのはずっとずっと晃貴だった。

もうこれ以上、良に嘘をつくのは嫌なのに。


「つーか、それ、俺のせい?」

「え?」


俺のせい?なにが?
意味が分からず良の方を見た。
良は立ち止まり、私の顔をじっと見つめて。


「言い合ったことあるんだろ?俺に送り迎えされてるから、男が怒ったって」

「······」


そう言えば、そんなことを言ったような···。
確か良じゃなく聖くんに。あの時は確かお姉ちゃんもいて。咄嗟に誤魔化した嘘···。


「それが原因なら俺が誤解っつーことそいつに言うし」

「···ううん、違うよ」

「嘘つくなよ?」

「うん、ほんと。良くんが原因じゃないから」

「···悪いな···」

「どうして謝るの?ほんとに良くんじゃなくて···」

「そうじゃねぇよ」

そうじゃない?


「巻き込んで悪い」

「え?」

「お前は何も悪くないのにな···」

「······」


私は何も悪くない···。
本当にそうだろうか?

確かに私はお姉ちゃんの妹というだけで、酷い目に合わされている。

だけど······。


良に黙っていることは、悪いことなのでは?


「良くん、あのね···言いたい事があるの」


そうだよ。
もう良とはきちんと話し合いができる。
ちゃんと私の話をきいてくれる。


「なんだよ?」

低い声をだす良。


「お、お姉ちゃんには···言わないでほしいの···」

「······」

「今からいうこと·····」

「お前、なんかあったのか?」


私が恐れていることはただ一つ、お姉ちゃんに迷惑をかけないことだけ。
迷惑をかけないのなら私は何だって嘘をつく。晃貴に抱かれても、脅されても···。


だけど、これ以上、私のことを考えてくれる良に嘘をつけなくて。


「私···」

口が震える。


「良くんにたくさん嘘ついてて···」

「嘘?」

良の声が、怪訝な声に変わる。


「彼氏なんて、本当はいないの···」

「···あ?」

「そう誤魔化した方がバレないと思って······」

「待てよ、意味わかんねぇ、どういう意味だよ?」


良がグッと私の腕を掴んできた。


「私···、ずっと脅されてて···」

「は?」

「その人のところに行ってたの···」


「その人って誰だよっ」

良の声が、だんだん怒っている口調に変わる。
そりゃそうだ、ずっと嘘をついてたんだから。


「······っ」

「誰だ!」

「······」

「脅してたの誰だよ!!」

「······」

「真希!!」


晃貴の名前を言ったら、どうなるのだろう。
全てを話したい。
良に嘘をつきたくない。


「お姉ちゃんには言わないで······」

「んなことどうでもいいんたよ!!いいから言え!!」

「お願い···」

「学校のやつか!?」

「···ちがう···」

「どいつだよ!!」


おそるおそる良を見つめた。
眉間にシワを寄せている良は怒っている。


「···か···き」

「あ?」

「穂高···、晃貴···」


ぽつりと呟けば、良の掴む力がつよくなり、私の腕の骨がギシッと鳴る感覚がした。


「···ほだか?」

「······」

「清光の?」


私は首を縦に動かした。


すると、良は、


「お前!! なんで言わなかったんだよ!!!?」


道に響き渡るほどの大声をあげた。


「ご、ごめんなさ···、お姉ちゃんに知られなくなくて···」

「脅されてたって何だよ!!」

「りょ、く」

「穂高に会ってたのか!?」

「···っ」

「何された!!?」

「······っ」

「やられてねぇだろうな!?」


黙り込む私に、良は次々に質問してくる。
だけど私は口が震えて言葉がでなくて。


「···おい」

「······っ」

「······まさか、やられたのか?」


否定も肯定もしない私。
良はそれを肯定ととらえたらしく···


「······っ、なんで俺に言わなかったんだよ!!」

「···ごめん、なさ···」

「ごめんなさいじゃねぇだろ!!」

良の大きな声に、私は涙を流した。


良が怒っているから泣いているのではなくて。ただ、きっと誰かに言いたかったのかもしれない。

もう心の奥底で、ひとりぼっちはイヤだったのかもしれない······。

と、その時、自身の手の甲で涙をふく私の手を、反対側の良の手が掴んできた。


「真希」

鋭い目で私を見つめる良。


「脅されてた理由は?」

「······」

「答えろ」

「···写真···とられた」


良の声があからさまに低くなり、怖くなった私はすんなりと答えた。


「写真?」

「裸の···、写真。聖くんに送った写真」

「あれ合成じゃなかったのか!?」

「良くん、見たの?」

「···いや、見てねぇ。けどどういう写真かは聞いた」

「······」

「ちょっと待てよ、お前、知らないって聖に嘘ついたのか?」

「······」


「何でそんなこと···」

バレるわけにはいかなかった。
もしあれが本物だと分かっていれば···


「お姉ちゃんが···心配する···」

私の答えに、良は意味わかんねぇという顔をする。


「やり合うはずだった晃貴が、揉み消した私に怒って脅してきたの。写真をばら撒くって···」

「······」

「ばら撒かない代わりに、···無理やり···。たくさん呼び出されて···、私、良くんが送ってくれた後抜け出してて···」

「······」

「嘘ついてて···ごめんなさい······」

「真希」

「ほんとに、ごめんなさい·········」

「真希っ!!」


謝り続ける私の名を呼ぶ良は···。


「あの野郎、絶対許さねぇ···」

聞いたこともないぐらい、地響きが起こってるんじゃないかってぐらい、低い声を出した。


「良···くん···」

「絶対殺す」

「あ、あのね···、も、関係はおわったの···」

「あ?」

「私を解放してくれて···」

「······」

「最後の日に、彼が言ってて···」

「何を?」

「私が清光の人たちに狙われてるって···」

「穂高がそう言ったのか?」

「うん···写真が出回ってる。私が良くんと付き合ってるって···噂が流れてるみたいで」

「ちょっと待て」

「だから、良くんと一緒にいるなって。1人になるなって···」


良は黙って、私の話を聞いていた。


「彼の言う事だから、嘘か本当か分からないけど···」

「······」

「良くん?」

「ちょっと待ってろ」

「え?」


私の体を離した良は、ズボンのポケットからスマホを取り出した。数秒ほど操作し、そのスマホは良の耳へと当てられる。


「り、良くん!お願いっ、お姉ちゃんに言わないで!」


きっと今話したことを誰かに話すと思ったから、今度は私が良の腕を掴んだ。


「うっせぇ、黙ってろ!!」

良の怒鳴り声に、ビクっと肩が震えた私は、おそるおそる良から手を離した。



「───ああ、俺」

どこかに繋がったらしい電話。
誰?聖くん?
だとしたら傍にお姉ちゃんがいるんじゃ···。
お姉ちゃんの送り迎えをしている聖くん。



「今すぐ来てくれ。───ああ、まだ駅の近く。コンビニんとこ。───はあ?ちげぇよ!早く来い!」


どうやら電話の相手を呼び出しているらしく。



「女とばっか遊んでんじゃねぇぞ昴!!」


そう言って電話を切った良。
電話の相手は昴···らしく。
1度だけ私を学校まで送ってくれた人の名前だ。



「あの···どうしたの···?」

どうして昴という人を呼び出したの?
スマホをポケットの中にしまいこんだ良が、イラついている瞳で私を見た。


「それ、いつ言われた?」

「え?」

「狙われてるっての」

「夏休みの···始まった時ぐらい···」


私の言葉に、良は眉をひそめた。

なに?本当にどうしたの?


「クソっ!!」

どう見てもイラついている良。



「あの、ほんとになに···」



「後で電話する」

「え?」

「今は喋んな」


そういった途端、ふと辺りを見渡した良。


「唯には言わねぇ」


私の顔を見ていない良は、どこ見ているのか、低い声でそう言って。


「え······」

「けど、俺に全部話せ」

「良くん?」

「お前が唯にバレたくない理由も」

「······」

「後で電話するから」

「りょ···くん」

「分かったな?」

「うん···。でも、どうして、昴くんって人を呼んだの?」


「その噂がマジならやべぇんだよ。もう俺と一緒にいない方がいいからな」


同じようなことを、晃貴も言っていた。



護衛を変えてもらえと。
だから良は今、昴を呼び出して···。
じゃあこれから、昴が私の護衛をしてくれるの?

まだまだ話したいことがあるはずなのに、良だってまだ私の話を聞きたいはず。だけど良は何も言わない。

その場に立ち止まったままで。
たまに怖い顔で辺りを見渡していた。



私は持っていた鞄をぎゅっと握りしめた。



お姉ちゃんには言わないと言ってくれた良。
それは聖くんにも言わないのだろうか。
昴って人にも······。



だけど、お姉ちゃんには言わない。

それだけが嬉しかった。
良が私の気持ちを分かってくれて。


後で電話をすると言った良。
多分、これから昴に護衛が変わる。
だとすればもう、良に会えないのだろうか。



昴に護衛をされれば、私は安全なのだろうか。
昴も聖くんの友達なのに。
良だって、聖くんの友達。
それなのに、良と付き合っていると思わせてはいけないってどういう事なのだろうか。

聖くんと友達の昴も、立場的には一緒では?




「······真希···」

「え、なに···?」



怖いぐらい低い声をだす良。


「そこのコンビニまで走れるか?」

「え?」


コンビニって···、道路を渡ってむかいの?
走れるといえば走れるけど···。

···どうして?


「来い!!」

「ちょ、良くん!?」


良は私の手首を掴むと、物凄く強い力で引き寄せ、コンビニへと走り出した。



いきなり走り出す良に意味が分からなかった。
車が通ってないすきに道路を渡りきり、コンビニの駐車場へ入った時···、


「クソ!!」

良が大きな声を出す。


なに?どうしたの?
訳が分からず辺りを見渡すけれど、車が何台かとまっているぐらいで。



「ずっと張ってやがったのか···」

ポツリと呟く良は、私の手首を痛いくらい握りしめた。



と、その時···

コンビニに停められていた黒の大きな車から、何人かの若い男の人がゾロゾロと出てきて。


良はその人たちを見るなり、私を連れ、コンビニとは真逆の方へと走り出す。


良!?



「そっち行ったぞ!!!」

背後から聞こえる、男の人の声。



訳の分からないまま、私は良について行くしか無くて。


「もっと早く走れ!」


そんなこと言われても。
男と女の足では違いすぎる。


ってか、あの人たち誰······!?


家の方へと向かう良。



「車まわせ!」
「そっち何人か集めろ!!」


次々に聞こえる知らない男の人に、だんだん恐怖を覚えてくる。
あの人たちは、私と良を追っている。


なぜ?
だれ?
どうしていきなり?






と、その時、いきなり立ち止まった良の背中に思いきり鼻をぶつけた。
痛む鼻を手でおさえながら前を見ると、何人かの若い男たちが道を封鎖していて。

良はスっと背後に視線を向けたけど、やっぱり背後にも10人ほどの若い男たちがいる。



──清光の人たちに狙われてるって、


ふと、思い出した言葉······。



まさか。この人たちが?

だって。そんな···、20人ぐらいいるのに······。



「なんだお前ら」

低い低い声を出す良は、私を庇っているのか、出来るだけ自らの背中で私を隠している。



「高島の女だろ?」

「その子貸してくれよ」

「調子乗りすぎなんだよお前」


次々に聞こえる声。
自分の体が、震えてくるのが分かった。



────晃貴の言っていたことは、本当だった。


あたしが、清光のひとたちに、狙われてる···。


「真希、聖に電話しろ」

小さい声で呟いた良。
聖くん?
聖くんに電話するの?


良は私の手を離すと、「ざけんじゃねぇぞオラァァ!!」と、怒鳴り声をあげながら清光の1人に殴りかかった。


誰かが殴りあっているところなんて、今まで見たことなかった。そのせいか、体が震えてくるのが分かる。
1人···、もう1人と、殴りかかっていく良。


「真希!!!!」


良の怒鳴り声でハッとしたあたしは、スカートのポケットの中からスマホを取り出そうとした。


と、その時······



「大人しくしろ」


背後から、首元に回される知らない男の人の腕。


「きゃああッ」


私は咄嗟に叫び声を上げていた。
私の叫び声が聞こえた良が、こちらを振り向いて。

「そいつに触んじゃねぇ!!!!」

こっちに来ようとしている良だけど、次々に現れる男達によって良が見えなくなってしまう。


「良くん!!」

必死に大声を出すけれど、首に回してくる腕の力を強められ、身動き出来なくて。そのまま私を引きずるように歩き出す男は···。



「や、やめてっ、離して!!」




─────いとも簡単に、何人かの男の手によって、私を大きな車に連れ込んだ。



「や、やだ、助けてっ!!」

「真希!!!!」

「良くん!!」

「テメェらふざけんじゃねぇぞ!! そいつに手ぇ出すな!!」


両手を塞がれ、カバンもとられ。
閉じられた扉。走り出す車。



······拉致。


「は、はなして···っ」

「うっせぇんだよ!!」


鈍い痛みが、頬をかすめた。
殴られたと分かったのは、ほんの数秒たったあと。


大きな車には、4人の知らない男がいた。
運転する人。
私を殴った人。
そして私を押さえつけている2人。


「殴んなよ、可愛い顔してんのに」

ケラケラと笑う運転する人。


「高島の女に情けいらねぇだろ」

殴った人。


「つーか、マジであの噂ほんとだったのな」

押さえつける人。


「可愛いー、見ろよ、パンツピンクなんだけど?」

もう一人の押さえつける人。



私は震えて動けなかった。
制服のスカートがめくれ上がってても、体が震えて言うことを聞いてくれない。



「可愛い〜、すげぇ震えてる」

「お前もバカだな、高島の女だったらもうちょい危機感もてばよかったのに」

「あんだけ人数集めてよく言うな」

「高島相手だったらあれだけでもすくねぇだろ」



怖い。怖い。

晃貴の時も怖かった。



だけど、どうして
晃貴の時よりも、今の方が断然怖くて。



「手ぇ出したら怒られるかなぁ?」

「やめとけよ」

「お前殴ったくせにぃ?」


ケラケラと笑う男。
誰か助けて······。


良くん······!!



晃貴の言っていたことはコレだったんだ。
狙われてるって···。
良の彼女と思われてるからって···。

いま、ここで、良の彼女じゃないと言えば、私は解放されるのだろうか。ううん、きっと解放してくれない。

いうだけ無駄···。

喋ったら、さっきみたいに顔を殴られるかもしれない。



「ついだぞ」



何分、何十分走ったんだろう。



「降りろ」


怖すぎて、時間の感覚が分からなかった。

見渡す限り、人が集まるとは程遠い、山や木で包まれていた。その中心に建っているのが倉庫のような古い建物で。私たちが乗ってきた車の他にも、数台のバイク。1台の車がとまっていて。


見たこともない場所。


1人の男に腕を掴まれたあたしは、咄嗟にそれを振り払っていた。

逃げるなら今しかないと思った。
震えている足を必死に動かした。



「逃げたぞ!!」


逃げなきゃ、逃げなきゃ···!!!!
私は必死に走り、木々の中へと入り込んだ。


追いかけてくる男の足音。



木々のおかげか、その影によって上手く隠れることができて。


震える手で、スカートからスマホを取り出す。


良···、聖くん?
警察?

誰に電話をすればいいの!?


「どこいった!?」

「近くにいるからよく探せ!!」


近い距離にいる男たち。

スマホを持つ手が震える。


助けて助けて助けて······!!


─────真希

─────すぐ電話しろ

─────山本より俺の方が早く動ける




ふいに、よみがえった記憶···。

嘘?ほんと?




カタカタと震える手で、スマホを耳に当てた。そこから聞こえる『プルルル』という一定の音。



「まきちゃーん?どこーー?出ておいで〜?」


男が近づいてきている。
怖く怖くて目を閉じろうとした時、




『はい』



爽やかな声が聞こえて、私の目から涙がこぼれ落ちた。



たくさんたくさん、酷いことをされたはずなのに。


『······真希?』


あんなにも嫌だった晃貴の声が、とても心を落ち着かせて。


「こ······き······」


どんどん溢れ出す涙が、頬を伝い落ちていく。



『どうした?』


「疑って、ごめんなさ······」


『真希?』


晃貴の言っていたことは、本当だった。


「助けて······」

私の小さすぎる声は、晃貴に届いていたのか。


『···どこにいる?』

一瞬にして低い声に変わった晃貴。



「わ、わかんな······」

『何がある?』

「木しか、ない···」

『真希、落ち着け』

「···こ、き」

『他になんか無かったか?』

「······っ、倉庫があった、古い···、それしか分かんない···」

『真希』

「······っ」

『絶対助けてやる』


私はどうして晃貴に助けを求めたんだろう。


聖くんよりも早く動けるって言われてたから?
同じ清光の生徒だから?

聖くんに言って、お姉ちゃんにバレたくなかったから?


「助けて···晃貴···」


ポツリと呟いたその時だった。




「みぃつけた」


こっちを見つめる茶髪の男。
私の持っているスマホを見るなり、「それ無駄だよ?」と、ケラケラと笑って。


「ここ、山本たちはいくら探しても見つからない場所だから」と、怖いくらいの笑顔をし、私の携帯を取り上げた。そしてそのままスマホの電源を切り、慣れた手つきで私のスカートのポケットにスマホをしまいこんだ。



「てめぇ、手間かけさせんじゃねぇよ!!」


次に現れたのは私を殴ってきた男だった。
その男は私の髪を掴むと、「痛い」と声を漏らす私を無視して倉庫の方へと歩き出す。


「可哀想に」

本当に可哀想だと思っているのか···。





倉庫の中には10人ほどの男たちがいた。ほとんどの人が、晃貴が着ていたような制服を着ていて。


「連れてきましたよ」

私を殴ってきた男が私を髪を掴んだまま、地面へと放り投げた。痛くて顔が歪む。
倉庫の中には大きな青いビニールシートが敷いてあった。それ以外は何もなく、古臭いホコリの匂いが鼻を掠めて。


「そいつが高島の女?」

そういった男は、元から倉庫にいる人だった。


「そうっすよ」


殴ってきた男が、この人には敬語を話していて。



「へぇ、写真で見るより可愛いじゃん」


近寄ってきた男はブルーシートの上に倒れ込む私の顎を痛いくらいに掴みあげると、マジマジと私の顔を見つめた。


「泉(いずみ)さんは女だったら誰でもいいっしょ」

泉さん···。
この人が、ここのリーダーのようなものらしく。


「よく分かってんじゃねぇか」

にやっと笑った泉という男の歯は、何本か抜けてなくなっていた。



「名前なんだっけ?この子」

「真希っすよ。高島がそう呼んでました」

「へぇ、真希ちゃんね」


ニヤニヤと笑う泉。


「俺ら、凄く高島には世話になっててね?」


抜けている歯を見せながら、泉は笑う。


「あいつ、凄く強いでしょ?」


知らない···。
強いとか、私は良の彼女じゃないのにっ。



「この歯も、高島に折られたんだよ」

私の顎を掴んだまま離さない男は、口の中を見せてきて。


「マジで許されねぇよなあ?」

笑っているのに、笑ってない目で見つめてくる泉。


「高島の女である真希ちゃんが、責任取るのは当たり前だよねぇ?」

「せ、きにん······?」

「そう、責任」


泉は冷たく笑うと、「ここ、最近廃墟んなったばっかだから、誰も来ないし。かわいい声だしていいよ?」と、私の唇を見つめた。


そしてそのまま近づいてくる泉。


「おい、おさえとけ」

泉の低い声が響いたと思ったら、何人かの男達が近づいてきた。



「い、いや······」


逃がすまいと、2人の男に挟むように両腕を掴まれて。
何の薬か分からないモノを、私の口に無理やり入れようとする泉。

私は必死に口を閉じた。
絶対に口にしてはいけない。


首を大きく動かし、下唇を開かないようにと噛み締めるが。

左右にいたどちらかの男が、私の鼻を塞いできて。

···息が、できない···っ。



苦しくなる体。
でも絶対に口を開けちゃいけないから···っ。

掴まれている腕を動かそうとするけれど、男の強い力で掴まれていて動けなくて。



左右にふっていた首は、鼻を塞いできた男の手によって固定され止まった。

3対1なんて適うわけなくて。
我慢出来なくて酸素を欲するために、口をあけた。その隙を見計らい、泉の指が私の口の中に侵入した。


吐気を催すぐらいの、喉仏に当たるぐらいに差し込まれた指の先には、小さな物体の感覚···。


吐き出そうと思うのに、泉の指が抜けず。

グッと喉に押し込まれたあと、抜かれた指。



咄嗟に吐き出そうと思ったけれど、今度は鼻を抑えていた男の手が口の方へと移動し。

口を塞がれた私は、吐き出すことも出来なくて。


「意識ぶっ飛ぶから、それ」



泉の言葉と、だんだん溶けていく感覚がする薬に、ガタガタと尋常じゃないぐらい体が震えた。



意識が飛ぶ?

何それ何それ何それ···ッ!!


口を塞がれては声もうまく出なくて。
ガタガタと震える体は、もう恐怖を通り越して思い通りに動いてくれない。


晃貴の時も怖かった、、
康二に連れてこられて、晃貴に写真を撮られ、私を脅してきた晃貴は私を抱き···。

怖かった。嫌だった。痛かった。
どうして私がこんな目に合うの?っていつも思ってた。



だけど、この人たちは晃貴と違う。

晃貴はいつも1体1で接してた。
泉みたいに複数じゃなかった。


恐怖心のケタが、全く違う······。






口の中にある、薬が完全にとけて無くなった。



「や······めへ······」

やめてと言ったつもりだった。なのに私の口から出るのは呂律の回っていない単語。


チカチカと寝転んでいるのに、目眩がする。

······気持ち悪い······

キーーーンと、耳鳴りがする······

体が、おかしい。

あの薬だ。


飲まされたあの薬のせいだ。



そう思ったのは一瞬で、またたく間に私の体はおかしくっていく。



私が覚えているのはここまでだった。意識が飛ぶ、まさにその言葉通りだった。


自分が起きているのか寝ているのか。
何をされているのか。


もう、なにも分からなかった────············






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