まき
護衛
次の日の朝は普通だった。

いつも通りにアラームがなり、
いつも通りに顔を洗い、
いつも通りにお母さんが作ってくれた朝ごはんを食べ、
いつも通りに制服をきる。


「真希、おはよう」

「おはようお姉ちゃん」


白鳥高校の白色の制服がとても良く似合うお姉ちゃんは、今日も綺麗で可愛い。



「今日も聖くん、迎えに来てくれるの?」

「うん、昨日家に帰ったの遅かったみたいだけら、今日はいいよって言ったんだけど」


毎日毎日、聖くんはお姉ちゃんを家まで送る。

そして、毎日毎日、朝も迎えにくる。


だからいつも通りの時間に、今日も家の外にいるんだろうと思った。



「そっか。本当に優しいね」

ふと、聖くんの家はどこなのだろうかと頭でよぎった。








いつも通りの朝だった。
もうすでに仕事に行っているお父さんではなく、お母さんに「行ってきます」といい、家から出た。


だけども、いつもの朝と違うのは、
先に言ったはずのお姉ちゃんがまだ家の前の近くにいたからで。


お姉ちゃんの横には、当然のようにいる昨日ぶりの聖くん。そして···、見たこともない男が聖くんの横に立っていて、お姉ちゃんと何かを話している所だった。


「あ、真希」

私が家から出てきたことに気づいたお姉ちゃんは、私の名前を呼んだ。

いったい、何してるの?
時間は大丈夫?

そんなことを思いながら、「どうしたの?」と返事をした。


「真希ちゃん、こいつ、良っていうんだ」


そう、聖くんが言う。


りょう?

聖くんの横に立っている良と言われた男は、スッと私の方を見た。
その顔に、少しビクッと強ばってしまう。

聖くんと同じぐらいの身長に黒髪、細身だけれど、良と呼ばれた男の表情が徹と似ていたから。

顔が似てるってわけじゃない。


目つきとか、
眉間の寄せ方とか、
いつでも怒っているかのような顔つき。


それが、いるだけで怖いと思うくらいの徹と、雰囲気が似ていた。

「真希ちゃんと同い年なんだよ」

同い年?
この人が?

どう見ても、年上に見える···。


っていうか、この人がなに?


「暫くの間、良が真希ちゃんの送り迎えするから」


聖くんがいう言葉を理解するのに、
少し時間がかかった。

どういうこと?
送り迎えって?


「こいつが唯の妹?」

まるで、私を軽蔑しているかのよな目つき。

どう見ても不機嫌な顔の良。


「そうだよ、良くん、本当にいいの?」

「別に、唯の妹なんだろ」

「ありがとう」


お姉ちゃんと良の会話を聞きながら、昨日のポツリと呟いた「護衛、強めるか」というセリフをうっすらと思い出した。


護衛?
私に?

お姉ちゃんじゃなくて?


「頼むよ、良」

「···ああ」

だって、この人、不機嫌だし。
どうみてもイヤイヤ私の護衛をしようとしてるように見える。


お姉ちゃんの妹だから、仕方の無いような感じで。

でも、心のどこかで助かったという気持ちがあった。
護衛というモノがあったら、晃貴はもう関わってこれないと思ったから。



「お前、電車?」




二人と別れてから、
イヤイヤ私と口を聞いてるみたいな表情をする良。

お姉ちゃんは高校まで歩きだから、電車通学の私はどうしても2人と別れてしまう。

「···うん」


同い年の良。
敬語はいらないだろう。

この人が、護衛をする人。
多分、聖くんの入っている暴走族のメンバーなのだろう。


暴走族···。
そう思えば納得できるような気がした。
黒髪だけれど、西高の制服だし、どう見ても私とは違う人種。いつでも喧嘩をしてそうな、悪そうな人。


「ならとっとと歩け」

「······」


分かったような気がする。

これが普通なんだ。

どこまでも優しい聖くんが、
普通のではないのだと。


私を拉致した金髪も
徹も、晃貴も、そして良も···。
こういう人たちが私の知る怖い不良たち。


「言っとくけど、てめぇが唯の妹じゃなかったらこんな事してねぇからな」


私が頼んだわけじゃないのに?


「どうして···?」

「あ?」

「どうして送り迎えを?」


一緒に歩きたくないのか、私よりも3歩ほど前を歩く良は不機嫌な表情でこちらを見た。軽蔑するような、冷たい目。


「聖と話したんじゃねぇのかよ、穂高に狙われてるって」

「······」

狙われてるとは話してない。
まあ、似たような話はしたけれど。


「お前、あいつと違って馬鹿なのか」



呆れたような声。
あいつとは、多分、
お姉ちゃんの事を言っているのだろう。


そのまま良は前を向き、1度と私がいる後ろへと振り向くことなく駅の方へと足を進めた。

電車の中でも、電車から下りて学校を向かう最中でも、良は口を開くことはなかった。
ただずっとイライラしている様子で、私から今すぐにでも離れたい様子だった。


「番号おしえろ」

そう言ったのは校門前で。

西高の制服を着ている良は目立ちすぎ、ジロジロと客寄せパンダのように学校へと入っていく生徒達が良を見る。


「え?」

「さっさとしろよ」


番号って私の?
どうして私が良に教える必要があるのだろうかと思いながら、ジロジロと見てくる生徒達の視線に耐えきれず、すぐさまスマホを取り出した。



交換し、良に「送ってくれてありがとう」という言葉さえ言うこともなく、良はうんざりした様子で来た道を戻って行った。


送ってもらった立場だけれど、あんなにも嫌そうな顔をするのはどうかと思った。
嫌なら、しなければいいのに。

お姉ちゃんの妹だからと、送ってくれた良。


私は頼んだわけじゃないのに···。


未だに見てくる生徒達をすり抜けて、
私は校舎の中へ入った。


「真希、さっきの人誰?知り合い?」

教室に行けば、待ってましたかのように、友達に捕まって。さっきの光景を見ていたらしい友達はそんな事をいう。

知り合い···でもなんでもない。
私が知り合いと言ったら、あんなに嫌な顔をする良を思い出せば、良はもっと嫌な顔をするだろうと思った。


「お姉ちゃんの彼氏の友達だよ、たまたま送ってくれたの」

「そうなの?あれ、西高だよね。あんまり関わらない方がいいよ」

「うん」


関わらない方がいい人種。
友達の言葉は、本当に正しいと思う。


放課後、「前にいる」という良からのメールが届いていた。


校門の近くの壁にもたれかけ、膝をたててしゃがみこみ、どう見ても近寄り難い雰囲気を出している良がそこにいた。


その光景を見て、「西高の生徒」「なんでいる」「ヤバイね」「近づかないでほしいんだけど」という、朝のようなジロジロと見てくる生徒達が言う。



恐る恐る良に近づいた私に、彼も気づいたらしく、鋭い目で私を捉えてから立ち上がった。

そしてそのまま、駅の方へと歩く。

朝のように、このままついてこいという事らしい。



「あの子だれ?」
「あの子、あんなやばい奴と関わってんの?」
「1年生?」


ジロジロと見てくる視線に耐えきれず、もう10mほど進んだ良を走って追いかけた。

もしかして、これ、明日も続くのだろうかと思ったら、少しだけゲンナリとした気分になった。


「あ、あの···」

もうすぐで家だというところで、私は良を呼びかけた。良は立ち止まり、何も言わず、ただ冷たい目だけをこちらに向けて。


「やっぱり、護衛、いいです···」

「あ?」

「私、あんまり目立ちたくなくて···、学校でジロジロ見られるのとか」

「······」

「ほんと、大丈夫だから」

「······」

「もう、やめてほしい」

「お前舐めてんの?」

「え?」


舐めてる?
良を?
そんなふうに思ったことはない。
ただ、怖いとは思うけれど。


「お前が頼める立場じゃねぇだろ」

頼める立場じゃない?
どういうこと


「護衛してやってんのに、図々しいこと頼めると思ってんのかよ」


護衛してやってる?
私は頼んでないのに?
その言い方はどうかと思う。


「でも、良···くんも、嫌でしょ」

「あ?」

「嫌な顔してるから」

「俺は元々こんな顔なんだよ」

「······」

「分かったら、さっさと歩け」

「······」

「マジで女ってうぜぇ···」


どうして私、良に“うざい”と思って貰わなくちゃならないんだろう。

私、なにも言ってないのに。

決めたのは、全部あなたたちなのに。

確かに護衛は助かってはいるけど、全部全部、決めたのは良たちなのに。


それからも良は変わらなかった。
朝は家の前にいて、電車に乗り、校門まで送る。

ジロジロ見てくる生徒達なんて見えていないかのように、良はそのまま帰っていく。

放課後もそう。
視線を気にせず、校門で待ち、家まで真っ直ぐ帰る。


「どうなってるの?」「脅されてるの?」と、友達に何度も聞かれた。


やめてほしいのに、やめてくれない良。
「やめて」と言えば「図々しい」と言われた。


あれから一言も話してない。
もう、話すことさえ嫌だった。




良という護衛が始まってから三日後、
私の携帯に1本の電話が入った。


────それは私をどん底に突き落とす電話の内容だった。

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