愛しの君がもうすぐここにやってくる。


「・・・藤原紫乃様、でいらっしゃいますか?」
聞き覚えのない少し老いた男性の声。

老いたと言ってもそんなおじいさんってほどでもないけれど。
しゃがれ声でそう感じるのだろうか。
招待していたひとはみんな帰ったはずなのに。
まだ誰か残っていたのだろうか。
御簾越しだと庭の向こう側にひとがいることはわかるけれど、目を凝らして見てもわからないし、声だけだとそのひとがどんなひとなのかはやっぱりよくわからない。

なんとなく僧侶のような風貌?
さっきよりも周りが暗く雲が出てきたせいで、月明かりもあまり頼りないのと網代笠のせいで、どんな顔をしているのかまではっきりとはわからない。

「さきほどの演奏はとても素晴らしかったですね。
安倍時親様の竜笛とも息が合っていて、とても魅力的な演奏でしたよ」

「あ、ありがとうございます」
このひと誰だろう?
そう思いながら褒めてくれたからとりあえずお礼を言っておく。

でも。
このひと、笑顔で話をしているけれど、なんだかちょっと・・・。

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