愛しの君がもうすぐここにやってくる。

「・・・誰だ、そこで何をしている!」

この声、時親様?

「ああ、時親様が心配されているようですね。
それでは失礼いたします、また貴女とはお会いすることがあるかと思います。
どうぞお見知りおきを」
智徳法師はそう早口で言い残し、消えるように去って行った。

なんだったんだ?あのひと?

「どうかしましたか?
大丈夫でしたか?」
そう言いながら簀子縁を渡り、時親様が声をかけてきた。

「なにもないですよ、大丈夫です」
いつも心配ばかりかけているから、今のことを話すときっと時親様は気に掛けてしまうだろう、そう思った。
だからなにも言わず、笑顔で答えた。

少ししてさっきまで月にかかっていた雲が少しずつ取れてきた。
今夜は満月ということで、だんだんと宴のときと同じくらいに明るさに戻ってきた。
御簾越しであっても時親様の姿もいつもよりはっきりと見える。
さっきのひともこれくらいの明るさだったら、まだどんな姿かわかったのに。

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