愛しの君がもうすぐここにやってくる。
「いや、すみません、なにを言っているのか・・・。
今夜は満月、漆黒の中に浮かぶ満月の膨張した力で私自身が惑わされているのかもしれません。
どうか言ったことは忘れてください」
彼はそう言って御簾を降ろし、足早に私から離れていった。
私は立ち去る彼の背中を見つめる。
時親様、今何を言おうと・・・?
まさか。
いや、そんなはずは・・・、そう思いながらも身体中が熱くなる。
気がつかなければよかったのに。
気がつかなければどんなにか平穏で、私は元いた場所に帰ることだけ考えていればよかったのに。
いっそのことなにもかも全て忘れてしまえたら。
声を殺して泣くしかできなかった。
この日を境に梅雨に入ったのか、雨が続くようになり、きれいな月を見ることはできなくなってしまった。