愛しの君がもうすぐここにやってくる。

「紫乃、・・・実はその野分ですが・・・。
朝露が草花につきはじめる白露の頃になると雷と一緒に大きな野分があります。
そのときが帰るときです。
大丈夫ですよ、もう少ししたら、です。
そんなに長くはありません」

突然の時親様の言葉に言っている意味が理解できなかった。
「え・・・?」
「そして前に私がお預かりした桜の花びらを髪に乗せ、時間を合わせて私が呪文を唱えその呪文とともに、貴女を元いた場所にお送りすることができます」

胸の奥がキリキリと痛む。
わかってはいた。
わかってはいたけれど、そこまでいつと具体的に話をされると。

「そして・・・紫乃が元の世界に帰ったとき・・・」
そこまで言って時親様は小さく息を吐いて、そして続けた。
「いえ、なんでもありません」

私が帰ることが彼の話で急に現実味を帯びてくる。
現実味?
私がここにいることが非現実的なのに。

自分から帰る話を出したくせにどう答えていいのか言葉が出ない。
そして彼はもう何も言わない。
泣きそう。
時親様が涙でぼやけて、今の表情を確認したいけれど怖くてできない。

そのまま何も言葉を交わさず時間が過ぎる。
時親様はそのあとも言葉を発することなく立ち上がり、足早にその場から離れていった。

私が泣きそうになっているのをわかっているのに。
なにも言ってくれない。
どうしてなにも言ってくれないの。
どうして!

涙が一粒落ちると同時に、
「時親様なんか・・・大嫌いっ!」
小さくなる彼の背中に向かって大きな声で言ったけれど、声は届かなかったのか彼は振り向くこともなかった。

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