愛しの君がもうすぐここにやってくる。

たい焼き屋のおじさんだ。
前にいた世界の。
そう理解すると同時に彼の存在は私の中にあった忘れかけていた以前の懐かしい感覚をよみがえらせた。
彼はやさしい声で言った。
「次の野分けの日に戻られるのですね」
「はい・・・、でも本当に戻ることが私にとってよいことなのかわからなくなってしまって・・・」
なんとなくこのひとに嘘はつけないな、そう思って自分の今思っている気持ちを正直に話す。

すると晴明様はこう言った。
「雷にさらわれてこの世界にやってきて、二度と戻れなくなってしまってもいいのですか?」

え・・・?

「雷さんにさらわれて、二度とこの世界に戻ってこれなくなってしまってもいいの?」
あのときのたい焼きのおじさんの言葉と彼の言葉が被った。

そして更に元の、本来いるべき場所の情景が大きくやわらかく私を包んだ。
その中で私は佇み、今まで過ごしてきた時間が走馬灯のようにめぐる。
それは忘れかけていた小さな事柄まで思い出させた。

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