愛しの君がもうすぐここにやってくる。
でもまわりを見てもどこにも彼女以外の人気はない。

その時、聞こえた男のひとの声。
「お加減はいかがですか」
頼りない灯の中、柔らかくてどこか温かく、そして静かに夜の中に馴染んで溶けていくような低い声。

いる?どこに?

私は何度も辺りを見渡し、それから目を凝らしてじっと御簾の向こうを見る。
そこには月に照らされ、ぼんやりと男性らしき後ろ姿の人影。

着物に烏帽子の影。

日本史の教科書に載っているのと同じカッコしている・・・。
暗くてよくわからないけれど、たぶんそれと同じ服装。

あのひとが私を助けてくれた人、かな?

私は桔梗さんを見る。
「ええ、あの方がこの家の主人の時親(ときちか)様、安倍 時親様です」

「時親…?様?
あの、さっきから主人、主人って桔梗さんの旦那さんですよね?」

私の言葉に彼女は目を丸くして驚くような表情を見せた。
「え?そういうのでは・・・」
彼女がそう言いかけたとき、御簾の向こうから声が聞えた。
「どうしてそのような?
私は結婚などしておりません、彼女はこの家を守ってくれているだけです」

え、なにその怒ったような言い方・・・。
もうちょっと言い方ってのがあるんじゃ・・・。

桔梗さんが続けた。
「ええ、そうです。
私、この家で時親様にお仕えしているだけですよ?」

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