愛しの君がもうすぐここにやってくる。
「降ろしなさい」
無表情のまま落ち着き払って彼は言った。

「そっ、そうですよ、紫乃様、
貴女のような方はむやみに姿をさらしてはいけません」

慌てて駆け寄ってきた桔梗さんが私の手を取って奥へと引き戻し、ようやく私は我に返った。

同時に頬が紅潮していくのがわかった。

怒りでカッとなったからなのか、御簾の向こうにいた人物が想像していた人物と全く違っていたからなのか。

「・・・桔梗から名前を聞いた時、
貴女の暮らす世界にあっても深窓な姫君だと思って、帰すまで大切にせねばと思っていましたが・・・。全く逆のようでしたね」

え・・・?姫君?
だから私は姫君じゃないんですけど。
っていうか相変わらず嫌味なこと、言ってない?

「貴女の時代ではどんな生活がなされているのか、私にはわかりかねますが、ここにいる間はここのやり方に従ってもらいます」

え?いや、ちょっと待って。
いろいろと頭の中で考えが渦巻くけれど、何から何をどう言えばいいのか、言葉が出てこない。

「え、それって・・・」

やっと出た言葉に桔梗さんが私の口をおさえて首を左右に振った。

「時親様の言うとおりですよ。
紫乃様は一度、ここの教育を受けられたほうがいいかもしれません」

そう言って彼女は苦笑する。

「え、教育?」

待っててば。
ここに来てまでどうしてそんなことしなきゃいけないの。
夢なら楽しい夢がいい!
夢の中まで嫌な思いなんてしたくないんですけど。


< 36 / 212 >

この作品をシェア

pagetop