愛しの君がもうすぐここにやってくる。
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「なんですか?それは?」
桔梗さんが私が懐から取り出した上靴を指さして言った。
「あ、これ?
まあ外に出られる機会なんてそうないけれど、チャンスがあったらすぐに出られるようにと思って、ここにしまい込んでる上靴ですよ」
そう言いながら靴を履いて、よたよたと重い袿を引きずり袴を引っ張りながら庭に降りる。
「あ、紫乃様、危ないですよ、ゆっくりと・・・」
慌てて桔梗さんが私を追いかけて降りる。
「やっぱり外は気持ちがいいですね」
私は大きな青空を両手で仰ぎながら、ウキウキした気持ちになる。
こんな青空を見たのはどれくらいぶりだろう。
暖かい日差しと頬をなでる風が心地いい。
少なくともここに来てからはこういうのってほとんどなかったと思う、
というかなかった。
「紫乃様!
お静かに・・・、どこで誰が見ているか・・・」
桔梗さんは口元に手を当てて静かにするよう私を制する。
「桔梗さんって心配性ですね。
庭にちょっと出ているくらいなんですから誰にも見つかりませんってば」
久しぶりに外に出ることができたからきっと私、浮かれている。
庭に出ただけだというのにこんなに気分がいい。
今まで私、あっち側にいたんだ。
ふと立ち止まり、屋敷の今までいた部屋にかかる御簾を見る。
「暗・・・」
真逆だ・・・。
今、私のいる場所はまぶしいくらいに明るくて気持ちも自由になれる。
でも向こうは暗くて冷たい雰囲気。
「どうしてあんなに暗い部屋でずっといてもみんな平気なんですか?」
私は庭の真ん中にある桜の木にもたれながら桔梗さんに尋ねた。
なんだか背中から木の鼓動が伝わってくるようだ。