愛しの君がもうすぐここにやってくる。
「散ってしまったらもったいないな・・・」
思わずため息と一緒に出た自分にも聞えるか聞えないかわからないくらいの小さな声。
このあいだの桔梗さんとこっそり外に出た明るい庭の風景を思い出す。
「御簾の向こうに行ったらダメだって言われたけど・・・、
今ならいいよね。
夜中だし、見えないし」
御簾越しになんとなく見える月に照らされて藍色にぼんやりと浮かび上がる桜の木。
もしかしたら外のほうが明るいかもしれない。
私は桜の花をどうしても見たくて立ち上がり、そっと庭先の近くまで行く。
普段は聞こえない衣擦れの音。
それだけあたりが静まり返っている証拠だ。
桔梗さんと一緒に外に出たときと同じように懐から上靴を取り出し、よっこらしょという感じで身体をかがめて履いた。
それにしてもいつまでも慣れない袿姿ってのはやっぱり重いな・・・。
外から入る頼りない月明かりに引かれるように袴の裾をひっぱりながら、どうにか桜の木の近くまで辿り着く。