愛しの君がもうすぐここにやってくる。

「うわ、きれい!」

なんだろう、今までもこの桜の木を何度も見ていたのに、今こうして見る桜の木はまるで初めて見たようなくらいの妖しい美しさだ。
同じ紅枝垂れ桜なのに昼間に見たときと違った魅力。

そして花びらは濃いピンクのはずなのに、今見える花びらは白く輝いている。

私は心を奪われたように、そして吸い込まれるよう、桜の木へ手を伸ばす。

そして私は桜の木を抱きしめるようにしてそっと両手をまわす。

桜の木自身がもつ何かだろうか、じんわりと温かいものが伝わってくる。
木ってこんなに温かいものだっけ?
・・・これって木の鼓動?
私は目を閉じて耳を傾けるようにして木にぐっと身体を押し当てる。

「お願・・・い、・・・たい・・・」

え・・・?
どこからか女の人の声が聞こえる。
桔梗さん・・・?
じゃない、違う、空耳?
ここには桔梗さんと私しかいないはず。

その聞えた声はとても悲しそうで苦しそうな声。
正確に言うと声が聞えるのではなく、その悲しく苦しい気持ちがどこからか私の中に伝わって来ている。

胸が締め付けられて手が震え、心臓が波打つように大きく響く。
理由もわからず涙があふれてくる。
私、どうしてしまったんだろう。
お願いって?
なに?

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