愛しの君がもうすぐここにやってくる。
ドキドキがおさまらなくて慌てて御簾を上げて、向こう側へ逃げるように入る。
御簾があってよかった。このときだけはそう思った。
こういうこと、慣れてないっていうか、経験ないから、緊張するというか、なんというか。
胸に手を当ててはああ、と息を整える。
私のうるさい鼓動が聞えているんじゃないかと、そっと御簾の向こう側を見ると時親様の気配。
どうやら背を向けて庭を見ているようだった。
「あ、あの、すみません、月に照らされた桜がきれいで・・・、なんかつい」
私はその背中に向かって小さな声で話しかけると、その言葉に彼は空を見上げたようだった。
「・・・確かに、きれいですね。
しかしきれいでもここまで静まり返った夜に見る桜は妖艶で凶々しいと思いませんか」
「妖艶で凶々しい?」
「あの桜の木は・・・、
いや、怖い思いをさせて申し訳ありませんでした」
「でも私が勝手に出て行ったから、悪いのは私・・・」
なぜ彼は謝るのだろう、そう思いながら言った。
「貴女のような姫君は何事もなく元いた場所に戻さねばならないのに」
「あ、だから私は・・・」
そんなお姫様じゃないんだと言おうとしたけれど、途中で止めてしまった。