愛しの君がもうすぐここにやってくる。
時親様も桔梗さんも私のことをお姫様のように言う。
でも本当は違う。
もし本当のことを知ったら。
そんな姫とかじゃないってことを知ったら。
それでもここまで親切にしてくれるのだろうか、今みたいになにかあったときに助けてくれるのだろうか。
そう思ったらやっぱり言えなくなってしまった。
これは勝手にふたりが思い込んでいるだけだから、私のせいじゃない、あのときと同じようにそんなずるいことを考えながら。
彼は何も言わない。
私もなにも言えなくなって、そしてふたりしてしばらく月と桜を眺める。
言葉は交わしていないけれど同じものを見ている、
そう思うだけで不思議と心が落ち着いてくる。
そしてまた温かい感覚。
「…雀躍から、紫乃が泣いていたと聞きました。
必ず、元の世界に帰すようにいたします。
今、仕事が終わってからその手段を調べているところです」
彼の言葉に胸の奥がぎゅっとなる。
それは元の世界に返すから、
という言葉でもなく、
それはおそらく低く艶のある声で私の名前を呼んだから。