愛しの君がもうすぐここにやってくる。
そのとき雑踏の中、突然その声だけがはっきりと私の耳に届く。
思わずその声の方に視線を向けようと……。

でも。
そんなことしなくてもわかる。

隠れているビルの隙間からそっと顔を上げると見覚えのあるふたりの楽しそうな表情が見えた。
私たちに気づかず街の中のたくさんの人に紛れて仲よさそうに腕組んで歩いている。

さっきよりもアメジストを握る手に力が入る。
あ、あれ?……
あんなに嫌な感情でいっぱいだったのに、どうしてだろう、ふたりを見てもなにも感じない。

「どうすんの?紫乃?」

「……でも、でも私…違うねん。
さっきまでのふたりに対する思いって、なんか…うん、自分でもよくわからへんねんけど…」
ほんの少しの間で私の気持ちが変わっていったこと、カオリにも上手く説明できない。

私はポケットからアメジストを取りだしてじっと見つめる。
「それ、いっつも大事にしてんやね」
カオリも覗き込む。

「うん、お守りみたいなもの、かな、よくわからへんけど」
「へんなの」
そう言ってカオリは小さく笑った。

「紫乃、もう帰ろうか」
「・・・うん」

・・・悲しいからとか辛いからとか、そんな感情から逃げないでちゃんと向き合わないと。

どんなことがあったって、そうなんだと運命を受け入れて
そしてまた前を向いて進んでいかなければ。
そういうことなのかな。

紫の石がきらりと光った。
< 7 / 212 >

この作品をシェア

pagetop