愛しの君がもうすぐここにやってくる。
もしかして遅いって言ってたけど、やっぱり早く帰れるようになった時親様かな?
私はそのまま視線を変え少し上がった御簾の向こう側を見る。
気のせいだったのかな、だれもいないや。
そう思った瞬間、紅枝垂れ桜のほうから大きな風が吹いて、それは私を引き寄せるように。
私は琵琶を置いてそっと立ち上がる。
「おい、紫乃?
どこに行くんだ?」
焦ったように雀躍が言うけれど、そんなのわからない。
ただ私の意志に反して身体が勝手に桜に引き寄せられていく。
これって前にもあったようなやつ?
どういうこと?
「ちょ、雀躍、待って、私にもわからへん。
私、どうなってんの?
あの桜の木に引き寄せられてる感じする・・・」
そう、意識はしっかりとしている。
ただ、引き寄せられる。
「桜の木・・・?」
雀躍は庭にある紅枝垂れ桜のほうを向いてはっとした表情になる。
そして「主様は?時親様は?
いいか?そのまま踏ん張っててよ、呼んでくるから!」
そう言って雀躍は慌ててその場を離れて行った。