政略結婚のはずですが、溺愛されています【完結】
振り返るとそこには何故か清川さんが立っていた。
常に楓君と一緒だと思ったのだが、今日は違うようだ。確かにスーツ姿ではなく私服姿だ。
ロングの黒いスカートに質のいいセーターを着ていた。靴はヒールのないパンプスで、それでも少し見上げるほどに背の高い彼女はモデルのようだった。
「今日はお休みです」
私の吃驚を滲ませた瞳を見て察したのか清川さんが口元に笑みを浮かべた。
「そうですよね、これから自宅に?」
「ええ、そうです。副社長は一度会社に戻るようで」
「そうらしいですね…」
妙な間があった。私はタクシーを待っているのだけど、清川さんはどうしてまだ帰ろうとしないのだろう。気にはなったがそれを尋ねたら早く帰れと催促しているようで躊躇った。
「副社長とは…政略結婚ですよね?」
「え……あ、まぁ」
唐突なその質問にゾクッと腕が粟立つのを感じた。
何かを探るような口調にどう答えるのが正解なのか必死に考えるが畳みかけるように彼女はつづけた。
「何か事情があるのかなと思っておりました。だって楓さんが…結婚するなんて」
「…そう、ですかね。年齢的にもおかしくはないかと…」
「まだ20代ですよ。それに、彼は…―」
と言いかけて彼女は「そろそろ行かないと」と言って私に会釈した。
まるで何かを知っているかのように含みを持たせた清川さんの腕を私は無意識に掴んでいた。