政略結婚のはずですが、溺愛されています【完結】

 “デキる”女とはまさに彼女のことだろう。自分とは正反対の彼女を羨ましいと思った。

「珍しいです。副社長が忘れ物など今までございませんでしたから」
「…そう、なんですか?」
「ええ。結婚してから変わられたようですね」
「…」

 私が持ってきたファイルを彼女へ手渡すと、やや棘のあるセリフを私に向ける。変わったというのはいい意味ではなく、“悪い意味で”ということだろう。
確かに、楓君が何か忘れ物をするような人には見えないが人間だからそう言うこともあるだろうと思った。

 それを私と結婚したから、と言いたそうな目から視線を逸らした。

「そうだ。再来週のパーティーには出席されないようですが、何かご予定でも?」
「え?パーティ?」
「そうです、業務提携をする新しい企業様とのパーティが開催されます。社長や副社長クラスでしたら奥様も普通は出席されますから」
「…ごめんなさい。知らなくて」
「それは失礼しました。副社長も何か考えがあるのかもしれませんね」

 では、と言って踵を返す清川さんの背中を見つめながら私は呆然とその場から動けずにいた。何も聞かされていなかったことも悲しいし、清川さんにそれを見破られてしまったことも悔しかった。
結局、私は楓君のことを何も知らないし知らせてくれるような間柄ではないということだろう。
とぼとぼと俯きながら会社を出ると、冷たい風が体をすり抜けた。

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