エリート官僚は授かり妻を過保護に愛でる~お見合い夫婦の片恋蜜月~
プロローグ
二十二時、ホテルのスイートルームはエアコンの稼働音が低く響き、飾られた薔薇の花が強く香った。
シーツに仰向けの状態で見上げた天井は高く、常夜灯でほのかに明るい。顔の横に手が付かれた。視界に彼の顔が現れる。
「これからは」
端整な顔立ちは緊張しているのか硬い。ささやくように彼は告げた。
「芽衣子(めいこ)、と呼びます」
ついさっきまで彼は私を『芽衣子さん』と呼んでいた。半年の婚約期間中も、今日の挙式の間も。
私は彼の顔をまっすぐに見られず、視線をはずし天井の橙色の光を見つめた。
「わ、私は……なんと呼べば……いいですか?」
声がひっかかってかすれる。今まで私は彼を苗字で『日永(ひなが)さん』と呼んでいた。彼が私を名前で呼ぶなら、私もそうすべきなのはわかっているけれど、緊張からかつい尋ねてしまった。
「あなたも日永の姓になったのだから、できれば名前で」
「しゅ、駿太郎(しゅんたろう)さん……」
震えた声で呼ぶと、すいこまれるように唇を奪われた。チャペルでの誓いのキスを除いたら、初めてのキスだ。
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