エリート官僚は授かり妻を過保護に愛でる~お見合い夫婦の片恋蜜月~
「実はこの映画、映画館でやっているときに見たいなと思っていたんだ」

駿太郎さんがぼそっと言う。

「ラブコメだし、女性やカップルが多いだろう。男ひとりで映画館に入る勇気がなくて諦めてしまったんだ。小心者だよね」

この映画がロードショー公開されていたのは昨年の春だ。その頃、私と駿太郎さんはまだ出会っていない。

「小心者じゃないですよ。私は他のことを優先しているうちに見逃してしまいました。私たち、もっと早く出会っていたら、一緒に見に行けたかもしれないんですね」

兄と駿太郎さんは同学年。私たちが学生時代に会っていればどうだっただろう。あの年上の女性より先に私が彼と出会っていたら、最初から駿太郎さんの心には私しかいなかったのに。
そう思うと、切なくなるほどの残念な気持ちが襲ってくる。時を戻せるわけじゃないのに、無念だけ鮮やかだ。

「もっともっと、早く駿太郎さんと出会いたかったな」

思わず呟いた言葉に駿太郎さんが振り向く。

「俺はこのタイミングでよかったかな」
「二十五歳と二十九歳のタイミングですか?」
「ああ、若い頃の俺は今よりもっと気が利かないヤツだったから。その頃に芽衣子と出会っていたら、あっという間に振られてしまったと思う」

駿太郎さんは苦笑いとも自嘲ともつかない微妙な表情。この人は自分が格好よくて優しい、素敵な男性だって自覚が全然ないみたい。

「もう、そんなことないです! 駿太郎さん、たまに自己評価低いですよ!」

彼自身のマイナス評価にくってかかると、思いのほか接近してしまった。顔と顔が近い。映画の途中なのに、ついつい見つめ合ってしまう。
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