DOLL
「ね、雫もいくでしょ?」
「え!?ごめん、なに?」
趣味は読書。
好きな作家は浅野 陸。
ミステリー小説好きならば必ず彼の代表作『桜田の坂』を熟読しているであろうミステリー小説界の王道作家。
小さい頃から本が大好きだった。
ページをめくる毎に色んな人に出会え、様々な景色を見る事が出来た。
本を読んでいたお陰で文才は勿論、物事を理解するのが人一倍早かった私は、勉強面において常に成績優秀であった。
俗に言うガリ勉だ。
そんな私にも友達ぐらいはいる。
人よりは少ないのかも知れない。
けれど、いくら友達が多くたって心にゆとりがない人を沢山知っている。
友達が少ない事に恥じた事も、悩んだ事もない。
そしてその数少ない友達の1人が河野 愛。
「まーた本読んで私の話聞いてなかったでしょ!」
「ごめんごめん。で、どうしたの?」
「だーかーらー!雫も行くでしょ?肝試し!」
彼女の趣味は多彩だ。
音楽に映画、スポーツにアウトドア。
その中でも群を抜いて彼女の興奮を掻き立てるのはホラーだ。
中学2年の時に同じクラスになって仲良くなってからは毎年夏になると肝試しに誘われる。
私はホラーは苦手では無いが、特別心躍るわけでもない。
幽霊の類を全く信じていないわけではないが、だからと言って怖がる事も興味を持つこともない。
だからいつも予定が空いていれば彼女の趣味に付き合っている。
私の予定が詰まっている事なんて滅多に無いのだけれど。
「今年ももうそんな季節なのね。」
「華のJKでしょうが!おばあちゃんみたいな事言わないの!」
ヤレヤレとわざとらしく溜め息を吐く愛。
彼女はいつもオーバーリアクションだ。
私とは正反対。
「それで?今年はどこに行くの?」
「ふふん!良くぞ聞いてくれた!今年行くスポットはズバリ!2000年に取り壊し予定だったお金持ちの別荘よ!去年は夢乃丘高校の旧校舎で全然雰囲気無くって失敗しちゃったから、今年は念入りにリサーチしたの。」
「取り壊し予定だった?」
「そう。そこよ。取り壊し予定だったにも関わらずどうしてか取り壊しされずに今も残っているのよ。古い洋館で雰囲気はバッチリ!何故取り壊さなかったのかはどこの記事にも載ってなかった。久々の大当たりの匂いがプンプンするでしょ。」
オカルトに興味はないけれど、どうして取り壊し予定だったのに取り壊されずに残っているのかは少し気になる。
「お。なになに?怖い話?」
「俺達にも聞かせろよ。」
私は男という生き物が苦手だ。
協調性に欠けている人が多いからだ。
特に、この安藤と仲田は特に苦手なタイプだ。
自分勝手で自信家で、常に話の中心になりたがる。
他人の人生の中で主人公になれる事は絶対ない事を理解していないみたいで滑稽にすら思える。
「安藤達には関係ないのー!」
「まぁまぁ、ケチケチ言ってんなって。なんなら俺のエピソードも聞くか?」
「いい。そう言うの間に合ってるから。」
わーキャーと言い合う愛と安藤を私と仲田は見守った。
「へぇー。古い洋館ねぇー。」
「なに、ビビってんの?」
「そんなんでビビるかっての。」
案外、愛と安藤は気が合っていると思う。
愛も「アイツ、顔だけは良いんだよ」だなんて言ってたし。
「でもさ、確かに昼間行っても怖くないんじゃない?そういうのは夜に行くから怖いんじゃん。」
出しゃばりグループに属する割に、どちらか言うと冷静なタイプの仲田。
彼は小学校の時に一緒だった。
中学に上がって親の都合で転校したらしいが、たまたま高校で一緒になった。
小学校の時はオドオドしていて小心者を絵に描いたような男の子だったのに、久しぶりに見た彼は堂々たる発言も出来てしまうようになっていた。
あまりの変わりように少し驚いたけど、昔より今の方がずっと魅力的に見える。
良い変貌を遂げたと思う。
「確かにそれもそうよね。でも、ウチ親が厳しいから夜に外出なんて出来ないのよ。」
「ゲ。河野ん家、高2にもなって門限あんの?」
「門限って程じゃないけど、22時までに家帰らなかったら電話かかってくんの。補導されるぞ。帰って来いって。」
「俺んとこなんか息子が夜の1時に帰ろうがお構い無し。なんなら爆睡かまして帰った事にも気付かねぇよ。」
「それもそれでどうなの?」
私の家も安藤の家と変わらない。
どんなに帰りが遅くなっても気にして電話しくる人なんていない。
少し前まではそれを寂しいと思った。
私は親に見放されてしまった、と。
成績は優秀な方で、問題を起こした事も無ければ、友人関係も良好。
ガリ勉だからと言ってイジメられてるわけでもない平凡に優秀な子だと思ってた。
だから悲しかった。
どうしてなのかと何度も自問自答した。
だけど、そんな自問自答ばかりしていても何も答えは出なくて、結局親に尋ねた。
「私を愛してる?」
当然Yesだろうと思った。
だけど、私が望む回答ではなかった。
それから私は悟った。
見放されたのではない。
最初から愛されてすらいなかったのだと。
「じゃあさ、抜け出せば?」
ハッとした。
周りの雑音だけが掻き消され、その言葉だけが真っ直ぐ刺さった気がした。
「夜、こっそり抜け出せば親も気付かないよ。」
「おぉ、俊!ナイスアイデア!」
「ばっか、こんなん誰でも思い付くだろ。」
その言葉は私に向けられたのではなかった。
だとしても、私に刺さったその言葉は抜ける事無く私の中に入り込んで溶けて行った。
「そんな簡単にいくかなぁ?」
「いけるだろー。」
「あぁー、他人事だと思って!」
「ま、でもお前も夜の廃墟、行ってみてぇだろ?」
「そりゃあそうだけどさ…。うん、分かった。私、頑張ってみる!」
「よっしゃ!そうと決まれば今日決行だ!また時間はLIMEで話そうぜ!」
あれよあれよと話は進み、今日の夜に行く事に。
安藤と仲田なんてあまり関わった事のないタイプ。
だけど、愛がいるなら別に構わない。
それに、別段彼等を嫌っているわけでもないし。
それからは休み時間の度に何故か私の机の周りに3人が集まり、色んな事を喋った。
廃墟はここからおよそ30kmの距離にある。
電車で行くにしろ帰りの時間はきっと終電が無い。
自転車で行くには少し遠過ぎる。
だとするとバイクしかないのだが、私はバイクの免許を持っていない。
私抜きで行けばいいと提案するも、私が行かないのなら愛も行かないと言い出し、結局仲田のバイクをニケツする事に。
違法ではあるけれど、皆普通にしてるものだと説得された。
実際、法律を犯すなんて事、今までに1度もない私は悪い事をするスリルを味わってみたいと興味も湧いた。
お菓子を持って行こうとか、写真を撮ろうとか、他愛もない話をしながら6限目が終わった。
「じゃ、また夜なー!」
教室で2人と別れ、私も愛と校門前で別れた。
男の子は苦手で、男の子の中でもお調子者という特に苦手なタイプのクラスメイトとの放課後の交流。
小説で見るような恋愛に発展したりするのかな。
少し期待するものの、脳内でイメージした図があまりにもしっくりこなくて溜め息でそれを描き消した。
学校から自転車で10分程度。
古くも新しくもない、平凡な7階建てマンション。
その3階の306号室。
紙に手書きで『倉田』と書かれた部屋。
ここが私の家。
決して心休まる場所ではないが、唯一の帰る場所だ。
「ただいま。」
誰に伝えるでも無いその言葉を小さく呟いた。
玄関にはビールの空き缶がいっぱい詰まったゴミ袋。
半開きのリビングへの扉。
お風呂場へ続く扉は全開で、洗濯機には靴下が引っかかっている。
リビングへ行くと、アルコール依存症の父がソファで地鳴りかと思うほどのいびきをかいて寝ていた。
父を見ると左手が疼く。
誰が見ても何かあったと分かるほどの大きな傷跡。
この傷を付けたのは他でもない私の父親だ。
「え!?ごめん、なに?」
趣味は読書。
好きな作家は浅野 陸。
ミステリー小説好きならば必ず彼の代表作『桜田の坂』を熟読しているであろうミステリー小説界の王道作家。
小さい頃から本が大好きだった。
ページをめくる毎に色んな人に出会え、様々な景色を見る事が出来た。
本を読んでいたお陰で文才は勿論、物事を理解するのが人一倍早かった私は、勉強面において常に成績優秀であった。
俗に言うガリ勉だ。
そんな私にも友達ぐらいはいる。
人よりは少ないのかも知れない。
けれど、いくら友達が多くたって心にゆとりがない人を沢山知っている。
友達が少ない事に恥じた事も、悩んだ事もない。
そしてその数少ない友達の1人が河野 愛。
「まーた本読んで私の話聞いてなかったでしょ!」
「ごめんごめん。で、どうしたの?」
「だーかーらー!雫も行くでしょ?肝試し!」
彼女の趣味は多彩だ。
音楽に映画、スポーツにアウトドア。
その中でも群を抜いて彼女の興奮を掻き立てるのはホラーだ。
中学2年の時に同じクラスになって仲良くなってからは毎年夏になると肝試しに誘われる。
私はホラーは苦手では無いが、特別心躍るわけでもない。
幽霊の類を全く信じていないわけではないが、だからと言って怖がる事も興味を持つこともない。
だからいつも予定が空いていれば彼女の趣味に付き合っている。
私の予定が詰まっている事なんて滅多に無いのだけれど。
「今年ももうそんな季節なのね。」
「華のJKでしょうが!おばあちゃんみたいな事言わないの!」
ヤレヤレとわざとらしく溜め息を吐く愛。
彼女はいつもオーバーリアクションだ。
私とは正反対。
「それで?今年はどこに行くの?」
「ふふん!良くぞ聞いてくれた!今年行くスポットはズバリ!2000年に取り壊し予定だったお金持ちの別荘よ!去年は夢乃丘高校の旧校舎で全然雰囲気無くって失敗しちゃったから、今年は念入りにリサーチしたの。」
「取り壊し予定だった?」
「そう。そこよ。取り壊し予定だったにも関わらずどうしてか取り壊しされずに今も残っているのよ。古い洋館で雰囲気はバッチリ!何故取り壊さなかったのかはどこの記事にも載ってなかった。久々の大当たりの匂いがプンプンするでしょ。」
オカルトに興味はないけれど、どうして取り壊し予定だったのに取り壊されずに残っているのかは少し気になる。
「お。なになに?怖い話?」
「俺達にも聞かせろよ。」
私は男という生き物が苦手だ。
協調性に欠けている人が多いからだ。
特に、この安藤と仲田は特に苦手なタイプだ。
自分勝手で自信家で、常に話の中心になりたがる。
他人の人生の中で主人公になれる事は絶対ない事を理解していないみたいで滑稽にすら思える。
「安藤達には関係ないのー!」
「まぁまぁ、ケチケチ言ってんなって。なんなら俺のエピソードも聞くか?」
「いい。そう言うの間に合ってるから。」
わーキャーと言い合う愛と安藤を私と仲田は見守った。
「へぇー。古い洋館ねぇー。」
「なに、ビビってんの?」
「そんなんでビビるかっての。」
案外、愛と安藤は気が合っていると思う。
愛も「アイツ、顔だけは良いんだよ」だなんて言ってたし。
「でもさ、確かに昼間行っても怖くないんじゃない?そういうのは夜に行くから怖いんじゃん。」
出しゃばりグループに属する割に、どちらか言うと冷静なタイプの仲田。
彼は小学校の時に一緒だった。
中学に上がって親の都合で転校したらしいが、たまたま高校で一緒になった。
小学校の時はオドオドしていて小心者を絵に描いたような男の子だったのに、久しぶりに見た彼は堂々たる発言も出来てしまうようになっていた。
あまりの変わりように少し驚いたけど、昔より今の方がずっと魅力的に見える。
良い変貌を遂げたと思う。
「確かにそれもそうよね。でも、ウチ親が厳しいから夜に外出なんて出来ないのよ。」
「ゲ。河野ん家、高2にもなって門限あんの?」
「門限って程じゃないけど、22時までに家帰らなかったら電話かかってくんの。補導されるぞ。帰って来いって。」
「俺んとこなんか息子が夜の1時に帰ろうがお構い無し。なんなら爆睡かまして帰った事にも気付かねぇよ。」
「それもそれでどうなの?」
私の家も安藤の家と変わらない。
どんなに帰りが遅くなっても気にして電話しくる人なんていない。
少し前まではそれを寂しいと思った。
私は親に見放されてしまった、と。
成績は優秀な方で、問題を起こした事も無ければ、友人関係も良好。
ガリ勉だからと言ってイジメられてるわけでもない平凡に優秀な子だと思ってた。
だから悲しかった。
どうしてなのかと何度も自問自答した。
だけど、そんな自問自答ばかりしていても何も答えは出なくて、結局親に尋ねた。
「私を愛してる?」
当然Yesだろうと思った。
だけど、私が望む回答ではなかった。
それから私は悟った。
見放されたのではない。
最初から愛されてすらいなかったのだと。
「じゃあさ、抜け出せば?」
ハッとした。
周りの雑音だけが掻き消され、その言葉だけが真っ直ぐ刺さった気がした。
「夜、こっそり抜け出せば親も気付かないよ。」
「おぉ、俊!ナイスアイデア!」
「ばっか、こんなん誰でも思い付くだろ。」
その言葉は私に向けられたのではなかった。
だとしても、私に刺さったその言葉は抜ける事無く私の中に入り込んで溶けて行った。
「そんな簡単にいくかなぁ?」
「いけるだろー。」
「あぁー、他人事だと思って!」
「ま、でもお前も夜の廃墟、行ってみてぇだろ?」
「そりゃあそうだけどさ…。うん、分かった。私、頑張ってみる!」
「よっしゃ!そうと決まれば今日決行だ!また時間はLIMEで話そうぜ!」
あれよあれよと話は進み、今日の夜に行く事に。
安藤と仲田なんてあまり関わった事のないタイプ。
だけど、愛がいるなら別に構わない。
それに、別段彼等を嫌っているわけでもないし。
それからは休み時間の度に何故か私の机の周りに3人が集まり、色んな事を喋った。
廃墟はここからおよそ30kmの距離にある。
電車で行くにしろ帰りの時間はきっと終電が無い。
自転車で行くには少し遠過ぎる。
だとするとバイクしかないのだが、私はバイクの免許を持っていない。
私抜きで行けばいいと提案するも、私が行かないのなら愛も行かないと言い出し、結局仲田のバイクをニケツする事に。
違法ではあるけれど、皆普通にしてるものだと説得された。
実際、法律を犯すなんて事、今までに1度もない私は悪い事をするスリルを味わってみたいと興味も湧いた。
お菓子を持って行こうとか、写真を撮ろうとか、他愛もない話をしながら6限目が終わった。
「じゃ、また夜なー!」
教室で2人と別れ、私も愛と校門前で別れた。
男の子は苦手で、男の子の中でもお調子者という特に苦手なタイプのクラスメイトとの放課後の交流。
小説で見るような恋愛に発展したりするのかな。
少し期待するものの、脳内でイメージした図があまりにもしっくりこなくて溜め息でそれを描き消した。
学校から自転車で10分程度。
古くも新しくもない、平凡な7階建てマンション。
その3階の306号室。
紙に手書きで『倉田』と書かれた部屋。
ここが私の家。
決して心休まる場所ではないが、唯一の帰る場所だ。
「ただいま。」
誰に伝えるでも無いその言葉を小さく呟いた。
玄関にはビールの空き缶がいっぱい詰まったゴミ袋。
半開きのリビングへの扉。
お風呂場へ続く扉は全開で、洗濯機には靴下が引っかかっている。
リビングへ行くと、アルコール依存症の父がソファで地鳴りかと思うほどのいびきをかいて寝ていた。
父を見ると左手が疼く。
誰が見ても何かあったと分かるほどの大きな傷跡。
この傷を付けたのは他でもない私の父親だ。