まぶたにキスして
「っ、んだよ!」
男はそれ以上言い返えせずにそのまま行ってしまった。
その背中を見つめながら全身の力が抜けて、フッとその場にしゃがみ込むと。
「っ、ちょっ」
それに気づいた灯くんが私に駆け寄ってくれた。
目の前で起こっていることが信じられなくて、安心と嬉しさで視界がぼやける。
「あか……津三木先輩、なんでいるの……」
今日、灯くんって言うなと言われたのを思い出して言い直しながら問う。
さんざん周りからバカにされて、友達にも妄想なんじゃないかと言われる始末でしょんぼりモードになっていたのに。
こんな大ピンチに助けてくれるなんて、ヒーローのなにものでもない。
「……向こう歩いてたらあの人たちの話し声がしたから」
と灯くんが顎で渡り廊下を指す。
3年生の教室がある棟と昇降口のある棟を繋ぐ廊下だ。
「……びっくりした。音桜が急に来たから」
「っ」
え……。
灯くん、今、私のこと……。
『音桜』
数年ぶりにそう名前を呼ばれてドクンと胸が鳴る。