まぶたにキスして

忘れているなんて嘘、そう思っていたけれど、いざ名前を呼ばれると驚きでうまく言葉が出てこない。

灯くんにまた、音桜って呼んでもらえた。
幻聴じゃないよね?嬉しくて泣きそうだ。

「……ほら、帰るよ」

と灯くんの手が私の腕を優しく掴んで立ち上がらせてくれる。

『帰るよ』

まるで小学生の頃に戻ったみたい。

放課後はよく灯くんが私の教室に迎えに来てくれていた。

灯くん声も手も、あの頃と随分変わったけれど。

低く色気を含んだ声と、角ばった大きな手。

目の前の幼なじみが大人の男の人になったんだと実感する。

でも彼に触れられた部分から体全体が温かくなるこの感覚は昔と変わらない。

ううん。あの頃よりもずっと熱いかもしれない。
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