「そうくると思いましたよ」賢明の魔術師は、秀麗な騎士をはなしません。⇔蓮雨ライカ
第二回 分析会議
**********************
第一回目はご存知の通り、酒場の女子会にて
グダグダのうちに閉幕。
第二回目のマーケティング会議は後半から。
前半はシリアスですすみません。
それでは、どうぞ。
**********************
どれだけの言葉をもらったか。
どれほどのことをしてもらったか。
それにどれだけ救われたのか。
あそこがどんなに優しい場所だったか。
その中に居られることでどれほどの赦しを得られたのか。
でも。
それでも。
まだ『赦されてはいけない自分』は消えない。
自分を赦したくない。
「ローレルさんは負けず嫌いだから」
リンフォードは両手をぎゅうと握ることで、自分の方に注意を向けようとする。
そしてローレルはまんまとそちらに向かされ、ふたりの視線は絡み合う。
「きっと素直に好きだなんて言わないでしょうね。私に負けた感じがして。……でも嘘つきじゃないから嫌いだとも言わない」
「…………腹立たしいな」
「ワザとですよ。ローレルさんの気を引こうとこちらも必死です」
「私は……」
「はい」
「私が貴方に好かれるような人間だと思えない」
「……気が合いますね。私も私がローレルさんに見合う男だとは思ってないです」
でも、とリンフォードは続ける。
「貴女を好きだってことを否定したくない。無いことにしたくない。だから力を尽くすしかないなって……ローレルさんとお似合いになれるまで」
「やめてくれ。違う……違うだろ? 貴方にとって、私は不利益にしかならない」
「私をどれだけ買い被ってるんですか? ローレルさんは知らないだけで、今まで私がどれだけ陰惨で卑劣なことをしてきたか」
「それは……陛下の為だろう?」
「表向きはね? そういうことにしてます。軽蔑されたくないので、今まで黙ってましたし、聞かれても話せないことの方が多いです」
「だとしても……」
「私に教えてください。何がローレルさんの気持ちの邪魔をしているんでしょうか」
頬にくっと力が入って、歯を食いしばったのがリンフォードには見て取れた。
言い難いことを、ローレルの核心に触れようとしていることを感じる。
ここを気づかぬふりで過ごすのか、はっきりとさせるべきなのか。
できるなら、ローレルの重荷を分けて欲しい。できるなら、一緒に背負いたい。
どくどくと胸を打っている音が、ローレルに聞こえてやしないかと気になるほどにうるさい。
落ち着けるためにその音の数を数えてじっと待つ。
握っていた指先が冷たいのに気が付いた時、いつの間にか持ち上がっていたのか、ローレルの肩から力が抜けてその位置が少し下がる。
繋がれた手を見ていた視線が自分に向けられて、リンフォードはしっかりとそれを受け止めた。
「私が貴方の家のことを気にするのは、その先を考えたからだ」
「……はい?」
「私と貴方が恋人同士になったとしよう」
「とても素敵ですね」
「上手くいけば夫婦になるかもしれない」
「だと嬉しいです」
「貴方も周囲もそのうち期待する」
「何をでしょう?」
「私には子どもは産めないんだ」
「……ロ……レルさん?」
「堕胎したことがある。城の術師から薬を買ったよ。その時言われたんだ『次があると思うな』と。……だから貴方との先を考えちゃいけないんだ」
「ちょっと……まって……あ、し……城の術師? ……誰ですか? テレンス? ハドリー?」
「テレンス……だったと思う、多分」
薬を専門にしている魔術師は数名いるが、件のテレンスなら間違いはない。
腕もその人柄も知っている。
次があると思うなと言ったのは、甘い期待を持たせない為だ。テレンスは他人にも自分にも厳しい。
でも、だからこそ相手にはあえて酷な方の現実を提示して、自分はその罪を被ることを科したに違いない。
母体を守ることを最優先に、その腕を振るったはずだ。
ならば希望はある。
ただ、絶対はないからリンフォードはこれ以上言わないと決める。
へなへなと力を抜いて、ぺたりと地面に正座する。ローレルの膝に額を乗せた。
「はぁぁぁ……安心しました」
「……うん?」
「その……堕胎は……とても負担が掛かることです……が。テレンスならそれを誰よりも軽くできたのではと思います。ローレルさんがテレンスを頼ってくれて良かった」
「一応は評判を気にしたからな」
「他にもそんな方がいたという意味ですか」
「うん……本当にあの頃は……酷かった。苦しんだ女性はたくさんいる」
きっとローレルは誰にも言わずに、ひとり苦しんで耐えただろう。
どんなに辛くやり切れない時間だっただろう。
後悔も恨み言も、彼女は全て抱えて飲み込んだに違いない。
今度はリンフォードが奥歯を噛み締めて、喉の奥で膨らんだ塊を必死で飲み込んだ。
飲み込もうとすればするほど、奥底から重くどす黒いものが膨れ上がる。
「…………腹に大穴を開けただけで満足した自分は大間抜けです」
「……ちょ……魔力を引っ込めろ」
「スタンリーにとどめを任せた私は抜け作大馬鹿クソ野郎です」
「いいから落ち着け。空気が痛い」
「生まれて来たことを後悔するくらいに痛めつけてやれば良かった」
「……わかったから」
「生かさず殺さず……正気を保たせたままじっくりと地獄を見せてやりたい。身体を端から少しずつ小さくして、傷口から……」
「もういいって……」
がばりと顔を上げると、リンフォードはすっくと立ち上がる。
「ローレルさん!!」
「はい!」
そのまま手を引いて、ローレルも立たせた。
「貴女が生きて、ここにいてくれることが嬉しいです!」
「あ……はい」
「私が欲しいのは、良い家柄の大人しいお嬢様でも、子どもでもありません。分かりましたか?」
「う……ん」
「私は大好きな貴女と一緒にいたい。それ以外の人はどうでもいい……とまでは思いませんが、まぁオマケ程度です」
「そ……れは、どうかと思う」
「私はローレルさんが居てくれれば充分なんです」
腰に両腕を回して、久しぶりにローレル分を摂取する。より吸収できるように、ぎゅうぎゅうと腕に力を込めた。
この咄嗟に持ち上げてしまった腕をどうするべきか、ローレルはふわふわと宙を漂わせて、どうしようもなくなってから、ゆるりとリンフォードの肩の上に乗せる。
ローレルはさらにきつく抱きしめられて、苦しい胸の中と、内側から膨らんでくるような気持ちとで、散り散りになるんじゃないかと思う。
「ローレルさんが大好きです」
「う……ん」
「ローレルさんは?」
「…………あ……なたほどではない……けど」
「好きですか?」
「…………まぁ」
リンフォードは姿勢を低くして、ローレルの腿を抱える。
子どものように腕に乗せて抱き上げて、その場でぐるぐると回った。
嬉しさのあまりにこんなことをしだすとは、リンフォード自身ですら、思いも寄らない事態だ。
ローレルも驚いたのか、身を硬らせて振り落とされないようにしていた。
怖がらせてはいけないと、徐々に勢いを緩めて止まる。
「……ローレルさん。どうか私の妻になってください」
「……待て、落ち着け」
「あ、ちょっと急ぎ過ぎました。こういうのは段階が必要ですよね。言い直します」
リンフォードはひとつ息を吐いて、ゆっくりと大きく吸い込んだ。
改めてローレルを見上げる。
「どうか私の妻になってください」
「………………言い直したか?」
「あれ? ……ふふ。おかしいな。この言葉しか出てこない」
「……ちょ……と、下ろしてくれ」
「はいって言うまで下ろしません」
「あぁ……いやいや」
「うーん……残念。このままです」
何か考える様子で高いところを見上げていたローレルは、はと何かを思い付いた様子で、リンフォードを見下ろした。
しばし見つめ合って、やがてゆっくりとリンフォードの首に両腕を回して、ゆるく抱きつく。
耳元で微かな声で囁いた。
「おろして。お願い」
首筋と腰の後ろを撫でられるような感覚に、ふにゃりと力が抜けたリンフォードは、ローレルを落としてはいけないと、そこは根性でゆっくりと膝を曲げた。
地面に足を付けたローレルは、肩に手を突いて、やんわりと距離を取る。
効果があると分かった以上、やるしかない。
これでもかと絶妙な角度で首を傾げ、上目遣いに見えるように少し顎を引いた。
できる限りの柔らかで高めの声を心がける。
「……城に帰りたい……いい?」
「どう……しました?」
「転移で送ってくれないかな?」
「それは構いませんけど……」
「良かった」
「……でも、国を離れる受諾書を受け取らないと」
「私だけ先に帰して欲しい……書類は貴方が受け取ってくれると嬉しいんだけど」
「どうして急に……」
「やっぱり……駄目かな?」
しゅんと項垂れてみせると、リンフォードはわたわたとして、最終的にローレルの両手を握って持ち上げた。
ちなみに顔は真っ赤だ。
「まさか! 駄目じゃないです!! 王子の部屋で良いですか?」
「ありがとう」
ではと数歩離れて、リンフォードは宙に手を翳す。詠唱は長くかからず、青白い光の陣が描かれて、すぐにその陣の中の景色が変わる。
そこから見えるのは、紛うことなき王子の部屋だ。
「あとを頼んでも?」
「もちろん。お任せください」
陣をくぐると、向こう側にいるリンフォードが笑顔でひらひらと手を振っている。
にっこり笑って手をふり返した。
光の陣が消えた途端に、背後からアートの声がする。
「あれ? ローレルだ。師匠かと思ったのに」
「……びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだって。え? てか、 師匠は?」
「私だけ先に……アート……ちょっと、ごめん。用事があるから。……じゃあ」
すと片手を上げると、ローレルはさくさくと出入り口に向かって歩き出す。
呆気に取られていたアートは、扉が開いたのを機に思考を動かし始めた。
「なになになになに……ちょっと待ってって。急だけど何かあった?」
「…………危なかった……」
「は? 何? ヤバいの?」
「危うく流されるとこだった……雰囲気に」
「……雰囲気?」
「これはいけないと思い……急遽離脱を実施」
「師匠なにやらかしたの」
「お前の師はいつも通りだ……やらかしそうになったのは私の方だ……恐ろしい」
「は? で、どこに行くの?」
「戦況の報告と、今後の作戦を相談に」
「はい?」
走るような速度で歩いているローレルの後ろを、アートは小走りで付いていく。
行き先は言わずと知れた、地下牢前の小部屋だった。
「……ちゃんと仕事してるのか?」
「え、こわ。引くわ。ひと言目がそれかよ」
机に齧り付くフリをしていたスタンリーが、一気にやる気を無くして、ペンを放り投げた。
やりたくてやりたくて堪らない書類仕事ではない。手を止めるきっかけは大歓迎だ。
助手を務めているジェイミーもやったねと言いながらペンを置く。
「おかえり〜」
「あ……うん。ただいま」
「晴れてハーティエ国民か?」
「いや、それはまだ」
「なんだよ。問題か?」
「大問題だ」
「おう。どうした」
「………………求婚された」
一拍遅れて大爆笑しだしたのはジェイミーで、ローレルの後ろではアートが目を見開いているし、スタンリーは椅子の背もたれにぐてっと体重を預けて天井を見た。
「それで?」
「えっと、だから……」
「返事は?」
「……してない」
「慌ててケツまくって逃げてきたのか」
「だって!」
「お前まだもにょもにょやってんのか」
「は? なに?」
「そんじゃあローレル、俺と結婚するか」
「やだよ、するか馬鹿」
「俺だってお前なんか無ぇわ馬鹿。小柄でふわふわの砂糖菓子みたいな可愛い女の子が好みだわ馬鹿」
「は? 今、馬鹿って二回言ったな?」
「なぁ…………お前さぁ。気付けよ。俺は速攻で断ったのは何でたよ」
「スタンはやだから!」
「じゃあジェイミーにしろ」
「無い」
「あごめーん。俺も無いねぇ。人間嫌いだし」
「それは知ってて振った俺が悪かった」
「もー頼むよ。そうだ、ノーマンは? 最近おでこがかなり広くなってきたけど」
「おーう。あいつも長年の片想いが報われるしなぁ。一件落着、めでたしめでたし!」
「………ケンカ売ってんのか?」
「ほらみろー。分かれよ。リンフォードだったら良いってことだろがよ」
「なんでそうなるんだ!」
「あいつ金も権限も持ってんじゃん」
「そういう話じゃない」
「お前 悪い方に考え過ぎぃ」
「いや考えるだろ」
「考えるのは考えりゃいいよ。素直になれって言ってんの!」
「素直だし!」
「かわいくねぇなー。俺、絶対こんな嫁ヤだわー」
「こっちこそだわ! ばーか、ばーか!」
「……ローレルってさ」
「んー? どうしたぁ、坊主」
「俺たちにはそんな喋り方しないね。……前から思ってたけど」
「そんな喋り方って〜?」
「なんで言うの? 親しいっていうか、くだけたっていうか」
「あぁ、言われてみれば」
「なんかいっつも気取った感じ」
「ぷは。確かに〜」
「こうじゃないといけない、みたいな」
「ん〜? こうって?」
「騎士らしい、っていうか」
「あらら〜? カッコ付けてんの?」
「ちが……別にカッコ付けて無い!」
「最初は壁みたいのがあってさ……俺もだけど。多分師匠にもあって。だから…………何が言いたいんだろう。分かんなくなってきたけど……」
「あらまぁ……アートったらかわいいわね」
「うるせーな」
「ほれ。がんばれ、もう一押しだ」
「……師匠最初の頃はすごく失礼だったと思うよ。ちょっと前にも酷いこと言ったの聞いたし……でも、んああ! クソ。……あんなめちゃくちゃになった師匠見たの、初めてなんだ」
「いいぞ、良い調子だぞ」
「ローレルが居ないともう駄目だよ、あの人」
「アート……」
「ていうか俺が嫌。ローレルが居てくれないと嫌だ」
「おお? まさかのアートが求婚?」
「は? 違うよ。俺 自分より強い女の人とか無理」
「ぶは! だよな!!」
「ローレルは師匠嫌いなの?」
「………相談! しに来たのに!」
「乗ってるだろ、これ以上無いくらい親切に」
「背中ぐいぐい押してくる!」
「乗った末の判断だよなぁ?」
「だねぇ〜?」
「……うん」
「あの腹黒いクソ理屈野郎が、お前の前じゃ小鹿みたいなんだぞ?」
「いや、クソ理屈野郎だろ」
「ばっか、お前が見てんのは小鹿の方だっつの」
「クソ理屈は捏ねるって」
「だーかーらー。はぁ……知らないって幸せだな。いいか? よく聞けローレル。あいつはな。性格悪いわ、偏屈だわ、一つ言や百は詭弁が返るわ、何かっつーと皮肉だわ、速攻で痛いとこ突いてくるわ、薄笑いで小馬鹿にしてくるわ、隙あらば人を操ろうとするわ…………あっ。ごめーん、居るって知ってたからワザとだヨ」
「人格に難ありなのはお互い様では?」
出入り口の方に向いていたスタンリーと、噂の人物以外がびくりと肩を揺らした。
リンフォードはゆっくりと腕を組んで、扉の枠に寄り掛かると、それはそれは不服そうに顔を歪める。
「楽しそうな話をしていますね。私も仲間に入れてくださいよ」
もう楽しく無くなったんで、とスタンリーが楽しそうに口の端を持ち上げた。