花吹雪~夜蝶恋愛録~
道が混んでいたとはいえ、10分程度だったろうが、それでも彩にとってはそれは、果てしないほど長い時間だった。
自宅マンションの前でタクシーが止まる。
高槻が降り、続いて彩も車から降りた。
「今日は突然の誘いだったのに、ありがとうございました」
向き直った高槻は、紳士的にそう言った。
これでやっと、この息苦しさから解放される。
そう思う反面で、こんな機会はもう二度と訪れないだろうとも思う。
とにかく何か言わなくてはと、彩は喉の奥から声を絞った。
「あのっ」
何を言えばいい?
私はどうしたい?
「えっと、あの、お茶とか飲んでいきませんか? いや、じゃなくて、結局ご馳走になっちゃって、私の方こそお礼しなきゃいけないのにっていうか、その、あの」
このままここで高槻と別れてしまえるわけがなかった。
つくづくバカな女と思われるだろう。
でももうそれならそれでもいいと思った。
次第に語尾がしぼんでいく彩を、高槻はいつものような射るような目で見て、少し間を置いたあと、「行ってください」と、運転手に言った。