花吹雪~夜蝶恋愛録~
入店して1ヶ月半が経つ頃には、美咲は諦めの方が大きくなっていた。
ヘルプだけで席をまわる日々。
指名料などがないため、ドレス代や化粧品代などで、給料のほとんどは消えてしまう。
が、どうせ私はもうすぐクビにされるのだろうと思ったら、美咲は開き直って逆に気が大きくなった。
そんなある日、フリーの客につけられた。
普通はこれをチャンスだと思うのかもしれない。
だが、美咲は、今日も指名なんか取れないだろうからと思い、特に気を張ることもなかった。
席についてお決まりの挨拶をする。
「はじめまして。美咲です」
名刺を差し出したが、一瞥されただけで、すぐにポケットにしまわれた。
興味がないと顔に書いているみたいな客。
それでも一応、美咲は笑って流し、客が煙草を咥えたので、ライターの火をかざした。
「あの、お名前は?」
「豊原だ」
豊原という客は、態度だけでなく言葉もぶっきら棒だった。
はっきりいってやりにくかったが、それでもどうにか褒めるところを探してみた。
年齢は30代後半から40代前半に見え、少しいかつい顔で、高級ブランドの腕時計をしているから、多分、どこかの社長さんか何かだろうと思う。
「素敵なスーツですね」
美咲が言ったら、豊原は「ははっ」と笑い、
「確かに、これはいいものだが、普通はもうちょっと他に言うことがあるんじゃないのか?」
と、返してきた。
だからって、豊原は怒っているという風でもない。
美咲は曖昧に笑いながら、「すみません」と言っておく。