花吹雪～夜蝶恋愛録～
「私、こんなんだから指名が取れないんですかね。自分では上手くやってるつもりでも、空まわりばかりって感じだし」


客に言うべきことではないということくらい、わかっている。

それでも、どうせクビになるのならと思ったら、客にどう思われようと関係ないと思えてきたのだ。



「多分、向いてないんです、この仕事」

「客に愚痴とは、いい度胸だな」


でも、相変わらず豊原は笑っている。

最初は取っ付きにくそうな感じだったが、笑っている顔を見ていると、そうでもないのかもしれないと思った。


美咲も笑う。



「最悪なキャストがついてしまってごめんなさいね」

「いや、おもしろいよ。知らない店ではどいつもこいつもあからさまに指名を取りたいという顔や態度で寄ってくるが、お前みたいな変なやつは初めてだ」

「それって私、喜んでいいんですか？」

「さぁな。でも、少なくとも、俺はお前みたいな方が気楽でいいと思うが」


作った酒を置く。

美咲も自分のグラスで乾杯し、「いただきます」と言った。


本日、１杯目の酒を飲んだら、それまで少しだけあった緊張がすべて解けたような気分だった。



「あー、美味しい」


豊原は「ガキか」とまた笑う。
< 40 / 113 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop