花吹雪~夜蝶恋愛録~
数年ぶりに過去の夢を見た。
決して忘れたことのない、でも心のどこかで忘れたいとも思っている、あの雪の日のことを。
起きた時には体中が脂汗でべとべとしていた。
『ほんと、何も言ってくれなかったからさ』
昨日の七海との会話が、自分の過去とリンクする。
ひどい耳鳴り。
気だるくて、しばらくベッドから出られずにいたら、枕元に置いていたスマホが鳴った。
「はい」
相手の名前すら見ることなく、美咲はかすれた声で電話に出た。
電話口の人は笑いながら、
「どうした? 風邪でも引いたか?」
と、言う。
慌ててディスプレイを確認してみると、そこには、豊原の名前が表示されていた。
電話がかかってきたのは初めてだったから、驚いた。
「あ、えっと。寝起きです。今日、休みだったんで」
「そうか。じゃあ、ちょうどよかった。暇していたなら、飯でも行かないか?」
同伴はしてくれないくせに、休みの日に誘ってくるなんて。
とは、思ったが、相手が豊原だから、まぁ、いいか、と思い直した。
それに、先ほどあんな夢を見てしまったあとなので、ひとりではいたくないとも思ったから。
「いいですけど、変なことしないでくださいね」
「『変なこと』をするつもりなら、もっといい女を呼ぶ」
「うわー。ひどーい」
いつもと同じようなくだらない会話を交わしたあとで、待ち合わせの時間と場所を決めて、電話を切った。
店外での豊原はどんな風なのだろうか。
少しだけ、その人となりを知るチャンスだとも思い、美咲は気持ちを入れ直してベッドから降りた。