花吹雪~夜蝶恋愛録~
肉と言われたので、焼肉だろうと勝手に思っていた美咲だったが、豊原に連れられた店は隠れ家的なステーキ屋で、シェフがどこぞの高級ブランド牛を目の前で焼いてくれるような小洒落たところだったから、驚いた。
すぐに席に案内される。
豊原は、勝手に美咲の分も肉や焼き加減を伝えていたが、よくわからないから正直助かったと思った。
分厚いステーキ肉が目の前の鉄板の上に置かれる。
「すごーい。私、こういうの初めて」
美咲は声を潜めながらも、嬉しさが隠せない。
豊原は笑う。
「お前は相変わらず、子供みたいなやつだな。まぁ、そういう反応をされると、こっちも連れてきた甲斐があるというものだが」
「すみませんねぇ、お子さまで」
美咲は頬を膨らます。
「だからそういうのがガキなんだ」と、豊原はまた笑った。
そりゃあ、確かに、40前後の大人の男の人から見れば、私なんて高校を卒業したばかりのまだまだ子供だけど。
「『ガキ』でもセックスくらいはできますよ」
母は16で美咲を身ごもったそうだ。
その頃の母の年は追い越したし、私だって体は大人なんだからと、悔しさ半分で美咲が言ったら、
「そういうことを言うのはよせ」
と、豊原は、初めて真面目な顔をした。
「体以外に何の価値もない女に成り下がりたいのか」
体だけでも価値があるのならいいじゃない。
どうせ私はいらない子なんだから。
喉元まで出掛かった言葉をどうにか飲み込み、美咲は唇を噛み締めた。
過去がまたフラッシュバックする。
あの寒い雪の日と同じように、指の先が冷たくなっていく。