花吹雪~夜蝶恋愛録~
残りの酒を一気に流し込み、缶を置いたトシは、



「佐倉」


と、さくらの名前を呼んだ。


源氏名の『さくら』は、本名の『佐倉 恵美(さくら えみ)』から取ったものだ。

発音としての違いはないが、トシは店ではさくらを『さくらさん』と呼び、ふたりきりの時はさくらを『佐倉』と呼ぶ。



目が合って、引き寄せられて、唇が触れた。



トシの味。

トシの匂い。


少し、安心している自分がいる。




あとは男と女、もつれるままにベッドに倒れ、求め合う。




『Rondo』でまやかしの恋愛を見続けた結果、さくらはそういうことに夢も希望も持てなくなっていた。



確かに過去、友達に紹介された普通の男の子といい雰囲気になったこともあったが、冷静に今後の展開を考えている自分もいたりして、結局は踏み切れなかったのだ。

だから、この程度の軽い関係がちょうどいいのだと思う。


そして、トシもきっとそうなのだろう。


トシは多分、誰も愛せない人。

似てるけど、私とは少し違う人。



「佐倉」


トシの筋張った腕に押さえ付けられる。



普段は飄々としているくせに、時々トシは野心の塊みたいな目をすることがある。

実は支配欲が強いのだろう。


さくらは完全にトシの支配を受け入れながら果てた。


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