花吹雪~夜蝶恋愛録~
恋人がほしいなんて思わない。
トシとそういう関係になりたいなどとも思わない。
すべてが今のままでこと足りているから。
いつものようにロッカールームで着替えていると、
「ねぇ、ねぇ、さくらちゃん。聞いた?」
と、七海が声を掛けてきた。
「希ちゃん、辞めるらしいよ」
「え? どうしてですか?」
「何かね、お客と付き合ってたみたいで、子供できたんだって」
「子供……」
「でもさ、そのこと言ったら相手と連絡取れなくなって、結局、地元に戻ってひとりで産む決意したらしいよ」
さくらは「へぇ」としか返せなかった。
男に人生を狂わされるなんて。
正直、さくらには考えられなかったのだ。
しかしロッカーに寄り掛かった七海は、ため息混じりにこぼした。
「愛とか、命とかって、何なんだろうね。私にはよくわかんないや」
半年前、あれほど人に愛されていたはずのナンバーワンが自殺した。
その一方で、父親に望まれていないのに芽生えた命がある。
さくらはしばらく考えたが、結局、「私にもよくわかりません」としか返せなかった。
「こんな仕事してるとさ、人より多くのお金を稼ぐことができる代わりに、生きていく上で必要なたくさんのものを見失ってしまうのかもね」
自嘲し、去っていく七海の背中を、さくらはただぼうっと眺めるだけ。