花吹雪~夜蝶恋愛録~
とんでもないことを言っているなと思った。

驚いたさくらに、でもトシは平然とした顔で言う。



「店長はさ、彩さんが死んでから、おかしくなった。誰の目から見てもそれは明らかだろ」


確かに、昔の店長には時に冷酷な一面があって、売上を最優先に求めるような人だった。

だからこそ、今の『店長』という立場まで上り詰めることができたのだろう。


でも、トシが言うように、彩が死んで以来、店長は変わってしまった。



「覇気がないし、適当に仕事をこなしてる感じで、あれはもう、腑抜けだよ。俺はそういうのが許せないんだ」


毅然と言ったトシ。

正義感なのか、使命感なのか、それとも弱っている獲物を狙う肉食獣の気持ちなのか。



「でもさ、彩さんと店長、仲よかったし。彩さんだけは唯一店長の担当だったから、実は付き合ってるんじゃないかって噂もあったじゃない。そうじゃなかったとしても、自分の店のナンバーワンが死んで悲しむのは当たり前だと思うし。私でも彩さんが死んで悲しかったよ?」

「だからって、仕事は別だろ。感傷に浸るのはひとりですることだ。その所為でまわりに迷惑を掛けていいってことにはならないだろ」

「それはそうだけど」


正論すぎて、それ以上、さくらは何も言えなかった。



「とにかくさ、そういうのもあって、俺は早く出世がしたいわけよ。だから人より頑張るのは当然」


同い年で、同郷で、おまけに同じ高校に通っていたトシ。

でも今は、何だかすごく、トシを遠くに感じてしまった。


生き方が、夢が、見ている世界が、まるで自分とは違う人。



さくらは「眠い」と言って今度こそ目を閉じたトシの頭をまた撫でてやりながら、形にならないため息を吐いた。


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