花吹雪~夜蝶恋愛録~
高槻に連れられた場所は、大通りから奥に入ったところにある、隠れ家的な、小洒落た居酒屋だった。
店内は暗がりで、ムーディーな曲が流れていて、すべての席が半個室になっている。
「ここなら黒川にもばれません」
名前を聞くまで黒川のことなんて頭の片隅にもなかった自分にも驚いたけれど。
高槻とふたりきり。
おまけに半個室のテーブルは狭く、椅子に座ると互いの膝が当たりそうで、彩はもうそれだけで食事どころではないと思った。
「何飲みますか?」
そんな彩の気なんて知らない高槻は、メニューを差し出してきた。
距離が近くて、上手く呼吸もできない。
こんな状況、シラフで耐えられるわけがなかった。
「じゃあ、ビールで」
彩の答えを聞いた高槻は店員を呼び、「ビールふたつ」と言った。
「え? 高槻さんってお酒飲めない人なのかと思ってました」
思わず言ってしまった彩。
高槻は、ふっと笑う。
「いつもは黒川の付き添いで、仕事の延長だから飲まないだけですよ」
「あ、そうだったんですね」
「っていうか、僕が飲めなかったらこんなとこ誘わないでしょう」
それもそうだ。
緊張しすぎて頓珍漢なことしか言えない彩は、恥ずかしさばかりが募っていた。