揺るぎのない愛と届かない気持ち
「お祖父様には、
暇乞いのつもりでご挨拶をしたのだけど、
もう何もかも
わかっていらっしゃったみたい。

お祖母様、お父様、お相手さんを
ご自分の周りに呼ばれてね、
介護が必要な人とは思えない大声で、
みんなを一喝されたのよ。」

私が知っている高木の祖父は、
車椅子に乗った老人で常に誰かの補助が
必要な人だった。
それでも堂々となさっていた。

私たち、母や弟にはとても優しかったけど、
祖母や、
特に父には厳しかったことを覚えている。

どうしてお祖父様はお父様に
とても厳しいのだろうと
子供心に思っていたが、

祖父が亡くなったときに、
父が隣の部屋で声を押し殺して
泣いていた姿が印象的で
忘れられない。

私が初めて目の当たりにした、
祖父と父の絆だった。

「私には、暫く実家でゆっくりとしなさい。
あちらのご両親様には、
私の代理を、ご挨拶に向かわせるから。
っておっしゃって。

それから早苗(さなえ)ってお祖母様のことを呼ばれて
総一郎(そういちろう)が連れてきた
お手伝いさんが
きちんと自分の介護ができるように躾なさい。

部屋に入ってきて、畳の上を歩く足音から、
耳障りだ。
って。
それはそれは震え上がるほど、怖い声で仰ったの。

総一郎、お前はこの家から出ていきなさい。
私の視界に入らないように。

諒子(りょうこ)さんとのことをこれからどうするのか、
きちんと説明ができるようになったら来い。

全部ご存じでいらしたのね。

そこのお手伝いさんとお前は一緒になりたいのか。
って、相変わらず抑揚のない怖い声でおっしゃってね、
お相手さんなんて真っ青になって、手が震えていたわ。」

お父様は即答したのよ。

僕の妻は諒子だけです、。離婚しようとも思っていません、

って。」

母はあの頃のことを思い出したのか、
眉を顰めてちょっと苦しそうな顔をした。

母を今でも苦しめている、父の当時の行状。

「紗英ちゃん、、、
こんなつまんない話を、
続けてもいいのかしら?
気分悪くならない?」

「今更でしょ。
ここで終わられる方が、
気になって仕方がないわ。
そのお話を聞いて、
お父様のことをあれこれと悪くも思わない。

だって
お母様が今、お父様と一緒にいて幸せなんでしょ。

私もお父様からの愛情は溢れるほど、感じているし。
なんだか、物語を聞いているようで、、、」

「そうね。
今まで誰にも話したことはなかったのよ。
実家の平沢のお祖父様たちにも、好きな人ができたみたい、、、
としか言わなかったの。
何を尋ねられても、それしか言ってこなかったの。

あとは、総一郎さんに尋ねてって。

まぁそれはそれで、お父様には地獄の責苦と一緒で、
平沢ではすっかり評判を、落としたわね。

お母様に家のことは全部押し付けて、挙げ句の果てに不倫とかね。」



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