グリーゼのために ~登山家グリーゼとピアノ講師サラ・バーンズの恋愛~【短編】
第1話 サラと港
このシアトルは、わたしが子供のころは「アメリカの片隅」という雰囲気だった。
それが今や、世界的な企業の本社も多く、街の中央はハイタワーが建ちならび、人も驚くほど増えた。
わたしは55番埠頭の近くにあるウォーターフロントパークのベンチに腰かけている。
近くの店で持ち帰りのホットドッグとコーヒーを買った。昼食の代わりだ。
街のなかでランチをするより、ここのほうが気楽でいい。混みあう店内でテーブル席をひとり占拠するには、心のタフさが必要になる。
カウンターで食べればいいのだけど、両隣を知らない人に挟まれて食事を楽しめるほどのフレンドリーさも、自分にはなかった。
ホットドッグをコーヒーで流しこみ、包み紙を丸めながら海を見つめる。春の海は冬の海のような深い青色が消え、どこまでも穏やかだ。
海はたくさんの貨物船が往き来していた。わたしは今年で32歳。シアトルで生まれ育って32年になるけど、すっかり都会になったシアトルで、高い家賃を払い続ける意味はあるのだろうか。
丸めた包み紙をジャケットのポケットに入れ、ベンチを立った。ベージュのスカートが汚れてないかしら。うしろを少しはたく。
午後は個人宅のレッスンが入っている。わたしは一つ伸びをして、港に背を向けた。
「左手を急がないで」
教え子の女の子に注意する。曲は「エリーゼのために」だ。
以前は街でピアノ教室をしてたけど、三年前にやめた。教室の家賃が馬鹿にならないからだ。それから個人宅に出張するレッスンだけに絞ったけど、皮肉なことに個人レッスンだけのほうが収入が多くなった。
「デボラちゃん、また左手」
10歳の女の子に注意する。「エリーゼのために」は簡単な曲だけど、左手の人差し指が親指をまたいで弾く箇所が連発する。この子はそこがいつもおざなりだった。
「もういい!」
女の子が立ち上がった。
「ほらほら、せっかく指使いは覚えたんでしょ」
「やだ! リジーは8歳で弾いてたって言ってた」
リジーとは友達の名前らしい。たしかに「エリーゼのために」は初歩の初歩にあたる曲だ。わたしは6歳でこの曲を弾いた。
「先生、弾いて!」
デボラが頬をふくらませ言った。わたしはため息をついてデボラの隣に座る。
プロを目指すピアニストにとって「エリーゼのために」は目をつむっていても弾ける。目をつむるどころか、ワインを二本飲み干したあとでも弾けそうだ。
「デボラちゃん、左に寄って」
女の子にイスをずれてもらい、ピアノの中央に座る。第一楽章。この曲の始まりは、右手のメロディを左手のコードが追いかけるように支える。
追いかけるからか、速度はそれほど早くないのに、どこか切迫した印象を持たせる曲。ベートーベンは何を追いかけていたのだろう。
スタインウェイのグランドピアノは、響きがよかった。ピアノ講師をしているけど、家にあるのは電子ピアノだ。わたしのアパートにはピアノを置くスペースなんてどこにもない。
「先生?」
声をかけられて目を開けた。このピアノだと自分で弾いた音が別人みたいで、最後の音が鳴り止むまで聞き入ってしまった。スタインウェイ、やっぱりいいな。
「せっかく、いいピアノがあるんだから、弾いてあげてね」
デボラの頭をなでる。庭に面した窓から入る日差しが、かなり傾いていた。16時すぎ。今日のレッスンは終わりね。
デボラを母親へわたそうと、ピアノルームから出て廊下を進む。応接室のドアが開いていて、なかでふたりの男性が話をしていた。思わず立ち止まる。
「おお、サラ先生、妻はキッチンにおります」
デボラのお父さんだ。微笑んで立ち去ろうとしたら、男の客がわたしに声をかけた。
「さきほどの曲」
男の顔に見覚えがあった。登山家のグリーゼ・ロジャー。単独登山で少し名のある人だ。この家にいるってことは、デボラのパパは、彼のパトロンなのね。
「プロが弾くと、あの曲もいいものですね」
あの曲とは「エリーゼのために」のことだろう。
「ピアノがいいからよ」
わたしは笑って答えた。謙遜ではない。10万ドルのピアノを使えば、その上を猫が歩いたとしても聞き惚れる音がする。
「そういうものですか」
「そういうものね」
「あら、先生、終わりですの?」
廊下の向こうからデボラの母親がくる。
「それでは、また来週」
デボラを母親にわたして言った。
「先生、ショパンはまだですの?」
子供の練習曲をショパンにして欲しい。ここ最近、母親から言われていた。
「そうですね、来月あたりから」
適当にごまかした。この子にショパンは早い。それでも「やらない」と言えば講師を代えられるだけだ。親の希望には沿うフリをしなければ、ピアノ講師なんてこの世に腐るほどいる。
「あら! ベートーベンは卒業できたのね」
母親が我が子の頭をなでた。わたしは微笑むだけにした。
「では、来週」
わたしは親子に挨拶をし、大きな家をあとにした。
それが今や、世界的な企業の本社も多く、街の中央はハイタワーが建ちならび、人も驚くほど増えた。
わたしは55番埠頭の近くにあるウォーターフロントパークのベンチに腰かけている。
近くの店で持ち帰りのホットドッグとコーヒーを買った。昼食の代わりだ。
街のなかでランチをするより、ここのほうが気楽でいい。混みあう店内でテーブル席をひとり占拠するには、心のタフさが必要になる。
カウンターで食べればいいのだけど、両隣を知らない人に挟まれて食事を楽しめるほどのフレンドリーさも、自分にはなかった。
ホットドッグをコーヒーで流しこみ、包み紙を丸めながら海を見つめる。春の海は冬の海のような深い青色が消え、どこまでも穏やかだ。
海はたくさんの貨物船が往き来していた。わたしは今年で32歳。シアトルで生まれ育って32年になるけど、すっかり都会になったシアトルで、高い家賃を払い続ける意味はあるのだろうか。
丸めた包み紙をジャケットのポケットに入れ、ベンチを立った。ベージュのスカートが汚れてないかしら。うしろを少しはたく。
午後は個人宅のレッスンが入っている。わたしは一つ伸びをして、港に背を向けた。
「左手を急がないで」
教え子の女の子に注意する。曲は「エリーゼのために」だ。
以前は街でピアノ教室をしてたけど、三年前にやめた。教室の家賃が馬鹿にならないからだ。それから個人宅に出張するレッスンだけに絞ったけど、皮肉なことに個人レッスンだけのほうが収入が多くなった。
「デボラちゃん、また左手」
10歳の女の子に注意する。「エリーゼのために」は簡単な曲だけど、左手の人差し指が親指をまたいで弾く箇所が連発する。この子はそこがいつもおざなりだった。
「もういい!」
女の子が立ち上がった。
「ほらほら、せっかく指使いは覚えたんでしょ」
「やだ! リジーは8歳で弾いてたって言ってた」
リジーとは友達の名前らしい。たしかに「エリーゼのために」は初歩の初歩にあたる曲だ。わたしは6歳でこの曲を弾いた。
「先生、弾いて!」
デボラが頬をふくらませ言った。わたしはため息をついてデボラの隣に座る。
プロを目指すピアニストにとって「エリーゼのために」は目をつむっていても弾ける。目をつむるどころか、ワインを二本飲み干したあとでも弾けそうだ。
「デボラちゃん、左に寄って」
女の子にイスをずれてもらい、ピアノの中央に座る。第一楽章。この曲の始まりは、右手のメロディを左手のコードが追いかけるように支える。
追いかけるからか、速度はそれほど早くないのに、どこか切迫した印象を持たせる曲。ベートーベンは何を追いかけていたのだろう。
スタインウェイのグランドピアノは、響きがよかった。ピアノ講師をしているけど、家にあるのは電子ピアノだ。わたしのアパートにはピアノを置くスペースなんてどこにもない。
「先生?」
声をかけられて目を開けた。このピアノだと自分で弾いた音が別人みたいで、最後の音が鳴り止むまで聞き入ってしまった。スタインウェイ、やっぱりいいな。
「せっかく、いいピアノがあるんだから、弾いてあげてね」
デボラの頭をなでる。庭に面した窓から入る日差しが、かなり傾いていた。16時すぎ。今日のレッスンは終わりね。
デボラを母親へわたそうと、ピアノルームから出て廊下を進む。応接室のドアが開いていて、なかでふたりの男性が話をしていた。思わず立ち止まる。
「おお、サラ先生、妻はキッチンにおります」
デボラのお父さんだ。微笑んで立ち去ろうとしたら、男の客がわたしに声をかけた。
「さきほどの曲」
男の顔に見覚えがあった。登山家のグリーゼ・ロジャー。単独登山で少し名のある人だ。この家にいるってことは、デボラのパパは、彼のパトロンなのね。
「プロが弾くと、あの曲もいいものですね」
あの曲とは「エリーゼのために」のことだろう。
「ピアノがいいからよ」
わたしは笑って答えた。謙遜ではない。10万ドルのピアノを使えば、その上を猫が歩いたとしても聞き惚れる音がする。
「そういうものですか」
「そういうものね」
「あら、先生、終わりですの?」
廊下の向こうからデボラの母親がくる。
「それでは、また来週」
デボラを母親にわたして言った。
「先生、ショパンはまだですの?」
子供の練習曲をショパンにして欲しい。ここ最近、母親から言われていた。
「そうですね、来月あたりから」
適当にごまかした。この子にショパンは早い。それでも「やらない」と言えば講師を代えられるだけだ。親の希望には沿うフリをしなければ、ピアノ講師なんてこの世に腐るほどいる。
「あら! ベートーベンは卒業できたのね」
母親が我が子の頭をなでた。わたしは微笑むだけにした。
「では、来週」
わたしは親子に挨拶をし、大きな家をあとにした。