私、あなたの何なのでしょう? 10年目の再会は愛の罠
亡くなった彼女の母親は、何年も『田原診療所』に勤めていたそうだ。
院長は昔から菜々美を可愛がっていたので、ここでのアルバイトを勧めたらしい。
午前中は受付で働いて、午後から夜にかけては予備校通い。
まだ学生っぽさが抜けない彼女の何処にそんなパワーがあるんだろう。
新人医師として緊張の連続だった自分に、ふと立ち止まる余裕が生まれたのもこの頃だ。
ベテラン看護師達も、大学病院のスタッフとは違って話し易い。
彼女達は笑顔で、若い自分の失敗や間違いを正してくれるのだ。
『先生の気持ちもわかるけど、受付の子達も必死なんだ。』
『叱る前に、深呼吸してごらんよ。』
『お互い、患者さんの事を一番に考えてるのは同じだから。』
『田原診療所』は院長の人柄か、アットホームな雰囲気で溢れていた。
2ケ月も経つと、スタッフの気心も知れてすっかり馴染んでいる自分に驚いた。
難しいレセプトの仕事を任されていた菜々美は夜遅くまで頑張っていた。
少し手伝ってやったら、破壊力のある笑顔で喜ばれた。
『可愛い』と思った。
「キチンと出来上がったら気持ちがいいな。」
そう言って誤魔化したが、彼女はまだ男女の機微には疎い様だ。
まだ、18歳だったからな…。
あまりに可愛いくて、軽い気持ちで彼女に声を掛けたのだが
菜々美の笑顔が見られるのが嬉しくて、つい何度も誘ってしまった。
「送ろうか?」
「ご飯食べに行こうか?」
女に不自由しない人生だった筈なのに、子供っぽい菜々美に
何故こんなにも惹かれてしまうのか、自分でもわからなかった。