私を赤く染めるのは
部屋に行くと、そこはハチのグッズで埋め尽くされていた。
……なんだハチのファンかよ。そう思いながら結月の部屋を見回していた時“ある物”が目に入る。
それは見覚えのあるハチの団扇。
手作りの団扇のデザインが丸かぶりすることなんて、そうそうないだろう。
それに確かこいつの名前って結月だよな?
「お前もしかして……、@yuzu_8▲▲vのゆづか?」
俺がそう尋ねると「なんでそれ……そうですけど」と結月が答える。
顔には一切出さなかったが、ゆづとの対面に俺の心は大きく揺れた。
結月との生活は思いの外楽しくて、だんだんとSNSのゆづから目の前の結月に興味が湧いていた。
文句を言いながらも俺の生活を気遣う結月。
俺が近づいただけで真っ赤になる結月。
Bijouことを夢中になって応援する結月。
そんな結月に仲の良い男がいるのはあまり面白くなかった。
橘さんを見習って優しく接すると何か裏があるんじゃないかと疑われる始末。
こんなことなら始めから優しくすれば良かった。
自分がどんどん結月に惹かれているのはわかっていた。
だから、結月から発せられた「好き」という言葉に胸が熱くなった。嬉しかった。
ただ、結月の純粋で無垢なところを見ていると自分なんかが側にいるべきじゃない。そう思った。
“あんな小さな世界”ですら俺は何も守ることができなかったのだから。
ただ、結月の気持ちを知った以上、もう一緒にはいられない。
紫月さんに無理を言ってホテルを用意してもらった俺は新居に入れる。そう嘘をついて結月の側から離れることを決めた。
結月の気持ちには知らないふりをするつもりだった。
だけど、この先結月の気持ちに答える気がないのなら、今はっきりさせておくべきだと思った。
俺は最後の最後に嘘を残して結月の元を去った。