激甘御曹司は孤独な彼女を独占愛で満たす
二、壊れたくないから壊してほしい夜。
私だって、傷心中で一応一昨日まで婚約していた身。歯の浮くような台詞に胸を驚かせられる精神でもない。卑屈で嫌な性格になっている自覚もある。
だから彼が紳士だというのであれば、その台詞に乗ってみるのも楽しいのかもしれない。
だって堅実に生きたって、絶対に幸せになれるなんてことないもの。
隣の彼が、もし仮に女性に軽薄な人だとしてもそれを感じられないほどエスコートもうまいしね。
「ああ、ほら見て」
彼が指さした先には、ゆったりと海の底まで泳いでくるウミガメの姿。
一週間に一度の奇跡が今、私の彼の前に舞い降りてきた。
エメラルドグリーンの海の底のウミガメを見て、潜水艦の中で歓声が起こった。
こんな近くで見られるとは思っていなかったので、私も思わず身を乗り出して目で追いかけてしまった。
スタッフが潜水艦を止めてくれたので、皆でまじまじと見る。
「……見ちゃった」
感動で呆然としていたら、隣で不敵に笑われてしまった。
「ホテルのロビーで十八時。もちろん、嫌なら無視してくれて構わないよ」
彼が私に名刺を差し出してきたので、やんわりと断った。
「四日間だけでいいなら、楽しみます」
彼の肩書も職業も、聞いてしまったけど名前も知らなくていい。
だから私にも聞かないで、一時の暇つぶしなのだとしたらさっさと忘れてほしい。
私もただ楽しみたいだけなのだから。
「それでもいいよ。君の気持ちが何よりも大切だからね」
彼の余裕な、伏し目がちの表情に少しだけ気持ちがざわつく。
当事者ではない彼には、私の置かれた状況なんてきっとどうでもいいってこと。
だったら私だって、楽しむ。難しいことなんて、忘れてしまって。