激甘御曹司は孤独な彼女を独占愛で満たす
けど私は、場違いで逃げ出したかった。
色が被らないようにと、淡いクリーム色のピンクのAラインのドレスにカシミヤのストール。ドレスに負けてしまうような自分だが、今は自分を下げるよりも緊張で心臓が飛び出す方が先だ。
「ねえねえ、今ホールに入った人、俳優よ!」
「あっちはピアニストだよね。すっごーい」
皆、平民丸出しのテンションで騒ぐ中、私は掌に何度も何度も『人』と書いて飲む込んでいた。もう百回は飲んだ。
ホールの入り口に着いたら、あいさつ回りで会場中をうろうろしている予定の聖さんが迎えに来てくれるらしいけど、今、このホールで聖さんと居るのって、絶対に目立つ。
ああ、帰りたい。帰りたいけど――このロビーに香るアロマはなんだろう。嗅いだことがあるんだけどなあ。
「すっごい。奥のステージが蟻のように小さい。ねえ、やっぱ美優は先に宇柳社長と来て挨拶回りしたほうが良かったんじゃない?」
ちゃっかりワインとチーズを持って帰ってきている。
「――いいの。仕事の邪魔したら悪いし」