白檀の王様は双葉に芳しさを気付かせたい
「……兄ちゃんが言うのもなんだけど、ふたばがそこまで無理することないんだぞ。お前だってそんな舞台から降りたらいいんだ」
思わず兄の顔を見ると、兄は珍しく真剣な顔をしていた。
私はその顔を見て、兄の気持ちを軽くするように軽く笑うと
「お兄ちゃんみたいに?」と言う。
そう。わが兄は、会社経営から降りた。
端的に言えば、逃げた。
だからこそ、天橋不動産関係者には兄がここにいることは見つからないようにしなければならない。
会社を継ぐ予定だった兄は、3年前、ある日突然、置き手紙だけを置いて何も持たずに姿をくらましているのだ。
兄は、昔の知り合いと一切会えなくなっても、自分の与えられた全てを失っても、一人でそのしがらみから抜け出すことを決めた。
だからもちろん、兄は琥白さんにもずっと会ってないし、連絡も取ってない。
そんな兄は私のことだけは心配だったようで、いなくなってすぐ、私にだけは居所を知らせてくれた。
そして、私はというと、こうやって何かと理由をつけては、こっそり兄に会いにパリまで来ているというわけだ。