おとぎ話を信じる年齢なんてとっくに過ぎました!~OLシンデレラと大人王子~
 いつだって出逢いは突然やってくる。
 葉山千秋は一般的な広告代理店に勤める、所謂OLというものだ。暫く続いた繁忙期もやっと落ち着いて、短いながら夏休みを取っていた。場所は以前からあこがれていたロンドン、紳士の国イギリスである。三日間の滞在も残り一日となり、彼女はミーハー感を隠すことなくバッキンガム宮殿に足を運んでいた。
 夏の間は一般公開があるので宮殿内の様々な部屋、調度品の数々、美しい絵画コレクションを眺めながら進んでいく。普段ならば絶対に感じないような光景に、彼女は感動を覚えながら一通り回り終えた。この旅行のためにおろしたルブタンも相まって、気持ちはとても明るい。日々の疲れが取れていくような気もしてくる。本当は彼氏と来るような旅行だろうが、生憎と生まれてこの方そういう存在がいたのは学生の頃だけだ。20代も半ばとなってこれでは、と思われるかもしれないが彼女はそういった他の女性が気に掛けるようなことに対しては非常に疎かった。化粧も最低限、服にお金をかけることもしない。今回は特別感を演出するためだけにマネキン人形の着ていた服をそのまま買ってきたようなものである。
 外へ出ると、流石は霧のロンドン。土砂降りだった。折角の気分が台無しになるような気候に思わず溜息が零れる。
 「さっきまで晴れてたのになあ。」
 思わず独り言をひとつ呟きながら雨宿りしていると、一人の高身長な男性と目があった。彼は長い傘があるのに使おうともしていないどころ使う気もなさそうである。
 「――お使いになりますか?」
 彼は微笑んでその傘を千秋に差し出した。
 「いえ、悪いです……それに、貴方が濡れちゃいますよ。」
 「ああ、良いんです。傘を持っていても使わないのがこの国の文化だなんて聞いたことがあるでしょう?若いお嬢さんが濡れてしまったら、風邪を引きます。」
 何やら上手く丸め込まれた気がする、と彼女は思ったが有難く使わせてもらうことにした。気障な台詞もイケメンが言えば違和感を覚えないものだ。しかしそれだけでは悪いので、二人で裏庭にあるカフェへ入ることになった。「そもそも今借りても返せないしね。」なんて思いながら、止まない雨の音を聴く。控えめに千秋が先程の彼を改めて一瞥すると、彼はスーツを確りと着込んでいる。高級そうな腕時計を見るあたり、テーラーで仕立てたものなんだろうな、と庶民である自分と比べて住む世界が違いそうだなどと考えてしまう。「うわあ、睫毛長いなあ。」と思いながら、いつの間にか見つめていたら外を眺めていた彼と目があって微笑まれてしまった。千秋は思わず恥ずかしさで再び窓の方へ視線を戻した。
 アフタヌーンティーのセットが到着すると、甘いものに目がない彼女は感嘆の声を上げた。イケメンと異国でお茶する、なんて此方へ来るまでは全く想像すらしていなかった状況である。「来て良かった~ロンドン。」これだけのことで雨で沈んだ気分は何処かへ飛んでいってしまった。紅茶のことはよくわからないので、ダージリンにしておいたが彼は詳しいのだろうか。ティーポットからお茶を注ぐ姿まで絵になる彼は角砂糖を二つ紅茶に落とし、ティースプーンでかき混ぜた。その様子を逐一眺めていると、彼は視線に気づいた様子で困ったように眉を下げた。
 「意外でしょう、僕は甘い紅茶が好きなんです。そろそろ気を付けなければならない年齢なんですけどね。」
 彼は柔和な表情でそう言ったが、千秋には彼がそのような年齢には見えない。30代ぐらいなら気にしないでも良いのでは?など思いながら不思議そうに彼を見た。
 「40も半ばか後半になれば気にするものですよ。」
 はは、と笑いながら口にする彼は優雅に紅茶を一口飲んだ。
 「え、全然そんな風に見えませんよ。てっきり30代ぐらいのお兄さんかと思ってました。」
 「お世辞でも嬉しいです、ありがとう。そういえば自己紹介がまだでしたね。僕は松比良章介と言います。」
 「あ、はい……私は葉山千秋です。あと、さっきの、お世辞じゃありませんから!」
 あまりにナチュラルに自己紹介をされてしまったので、千秋はついどもってしまったが最後には本当に思ったのだと勢いよく言ってしまう。土砂降りだった空模様も少し機嫌を取り戻して来ている。
 「そろそろ出ましょうか。」
 一緒に出て来たスコーンにクロテッドクリームをたっぷり塗ったものを食べ終えたところで彼は時計を確認してからそう言った。見たところ彼は観光で来ているわけではなさそうだ。
 「お時間を取らせてしまってすみません。」
 「いえ、楽しかったですよ。ちょうど休憩をしようと思っていたところだったので良いんです。だから観光に来たわけですし。」
 心配をかけないようにしているからか、彼はまた柔和に微笑んだ。
 楽しい時間というものは、あっという間に過ぎるもので小ぶりになっていた雨も上がり、曇り空へと変わっている。このひと時の思い出だけでも暫く生きていけそうだ、などと思いながら千秋は章介に礼を言って別れた。
 「それにしてもあの年齢で、あの見た目は詐欺だわ……。」
 一言呟いて宮殿を出たところで、ちょうど門の衛兵の交代時間が来ていたので眺めてからホテルに戻ることにした。
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