おとぎ話を信じる年齢なんてとっくに過ぎました!~OLシンデレラと大人王子~
とうとうやってきた結婚式当日。挙式は12時からだ。彼らは9時には家を出て、30分後にはチャペルへとやって来ていた。此処から二人は別行動となる。
千秋はヘアメイクとドレスの着付けを受けなければならず、控室に通された。あんなにも化粧に頓着のなかった彼女がすっぴんだからとマスクを着用している。
ヘアスタイルは緩く巻いたハーフアップに、ネイルは前日のうちに済ませて華やかながら落ち着いて清楚な雰囲気の漂うデザインだ。そして、真智のプレゼントであるティアラを着けてもらうと先に髪型だけが完成する。化粧はプリンセスドレスに合うように施されて別人のようである。ミカドシルクのドレスを着付けして貰った千秋が履くのは、ガラスの靴――ではないがそれとよく似たガラスの靴風のパンプスだ。足先にスワロフスキーがいくつか散りばめられて、美しいものである。因みにこの靴だけは借り物ではなく、章介が千秋へ結婚式のためにと贈ったものだった。幸せの絶頂というのはこういうものを言うのかもしれない。
一方の章介は、知り合いのプランナーや小規模とはいえ手伝ってくれるスタッフや司会などに挨拶をして回っていた。準備をしている間に、11時を既に過ぎて二人はチャペルへ向かった。これからリハーサルを行わなければならない。
「とても綺麗です、――普段なら……もっと違う言葉が出て来そうなんだけど、綺麗すぎて他に言葉が出てこない、不思議です……。改めて、僕と結婚してくれてありがとう。」
リハーサルを終えた二人には少し時間があったので、チャペルの裏庭で話をしながら写真撮影を受けることになっていた。困ったように話す章介は、やはり気障が彼にとっての壁であり照れ隠しなのだろうとわかるが今回ばかりはそれも使えなかったらしい。
「章介さんも、恰好いいです。いつもの気障な言葉も好きだけど、私は今みたいに照れてる章介さんが好き。私を選んでくれてありがとうございます。」
幸福感のある表情というのは女性にせよ、男性にせよ美しいものである。カメラマンは微笑ましい二人の写真を撮りながら、一枚だけポーズを撮るよう願い出た。花で出来たアーチの前での記念撮影だ。これは後々、彼らの家に拡大して飾られることになるのだが、まだそれを二人は知らない。
それぞれの控室へ戻った彼らはそれぞれの最終準備をして、挙式に臨むことになる。既にチャペルへは章介の招待したいつぞやのバーのマスター、そしてこの前千秋が企画書を届けに行った際に対応してくれた秘書が一人、千秋の招待した真智と連が座って始まるのを待っている。
先に新郎である白いタキシード姿の章介が先にチャペルの中へ足を踏み入れ、真っすぐと聖壇前へと進んだ。そこで彼女がやってくるのを待つのだ。ベールダウンを終えた千秋は、正装した父にエスコートされながらバージンロードを一歩ずつ着実に進んでいく。新郎である章介の隣へ立つと、美しい讃美歌が歌われる。象徴的なステンドグラスと相まって非常に荘厳且つ美麗な雰囲気だ。緊張した面持ちの彼女に、章介は微笑みかけた。教会式故か、牧師が結婚にまつわる聖書のエピソードを話し、そしてついに誓いの言葉へと移る。
「新郎、松比良章介、あなたは葉山千秋を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います。」
何度も「おとぎ話」で見た、シーンが此処にある。章介は真剣な面持ちで確りと答えた。
「新婦、葉山千秋、あなたは松比良章介を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います。」
そう答えた千秋の表情は先程の緊張した様子とは変わって明るい。ベール越しにもそれが分かる。牧師が指輪の交換をするよう、指示を出す。章介は千秋の左手を、千秋は章介の左手をそれぞれ取って指輪を嵌め合う。そして、二人を隔てていたベールが上げられ二人は微笑み合い見つめ合ったあと、軽く口づけを交わした。
牧師が二人の手を取り重ねて祈りを捧げ、「二人を夫婦として認めます。」と宣言する。結婚証明書に二人がサインをして、牧師がそれに続いた。
「今ここに、二人は夫婦となりました。異議のある方はお立ちになってください。」
牧師から参列者への軽い報告が済み、立ち上がる者は誰も居ない。いよいよ新郎新婦の退場となる。少人数ながら大きな拍手と共に二人はチャペルから出ていく。美しい扉までの道のりに、まるで明日からの日々を想像させるように明るく陽射しが射し込んでいる。そして裏庭では、参列者からフラワーシャワーによる祝福があった。幸せのお裾分けであるブーケトスも行われ、キャッチしたのは真智だった。彼女がガッツポーズをしているのを見てしまい、千秋はくすくすと楽しげに笑った。美しい裏庭に舞う花弁達とドレス姿の千秋、そして章介――終始幸せな挙式はこれでおしまいだが、次には小さな披露宴が控えている。
チャペルに隣接するホテルの小さな会場で控えめではあるも、披露宴が行われることになっている。父は「おめでとう。」と二人へ言うだけで他に言葉はなかった、恐らく照れているのだろうと千秋は思った。章介の両親は既に居ないので三人での出迎えになる。最初に入ってきたのは真智だった。まず千秋の父親へ軽く挨拶をした彼女は、新婦の方へ歩み寄る。
「馬子にも衣装ね、って言いたいところだけど本当に綺麗よ、千秋。あのファッションどころか化粧にも興味の無かったアンタが、まさかこうなるとは夢にも思ってもなかったわ。私があげたティアラもよく似合ってるじゃない、本物のシンデレラになっちゃったね。本当におめでとう。松比良さんも、おめでとうございます。」
そう伝えてから彼女は一緒に写真を撮りたがったので、章介に頼んで二人で撮ってもらう。聞けば後でSNSに載せるそうだ。結婚式ともあってとびきりドレスアップしている千秋にも異存はない。続いてやってきたのはバーのマスター。
「章ちゃんが本当に、この子と結婚しちまうとはなあ。奥さんのこと大事にしろよ。あと、おめでとう御座います。」
最後の一言は三人へ向けられたものだ、あっさりとしたものだが確りと気持ちが込められている。続いては同じく章介のゲストである彼の秘書だ。彼は会釈して、言葉少なに祝いの言葉を三人に告げて会場へ入っていった。そして最後のゲストはカフェを営む連だ、千秋は彼に数度世話になっていて慰めて貰ったり、と出会ったばかりながら印象の強い相手である。章介は、何故コイツが?と内心思っているが、祝いに来てくれている以上、何も言うことはない。
「千秋ちゃん、綺麗だったよ~って今も綺麗だけどね。今度またお店に遊びに来てよ。あと旦那さん、あまり彼女を泣かせると俺、取っちゃいますよ?なんて。じゃあ、おめでとう。あとでね。」
へらりと笑った連も会場へと入っていき、いよいよ披露宴がスタートすることになった。
司会の男性が、軽く二人の説明を始めた。
「新郎の松比良章介さんは、輸入雑貨を取り扱うⅠnfuelという会社の経営をしていらっしゃいます。新婦の千秋さんは元広告代理店にお勤めだったそうです。お二人の出逢いはロンドン、バッキンガム宮殿。正にロマンチックですね。それでは紹介を終えたところで、続いて新郎から皆様へ謝辞がございます。では宜しくお願いします。」
司会が演台から離れ、章介は慣れたように前へ出た。彼は経営者という仕事柄こういったことには慣れており、一切緊張がない。いつもの柔和な表情でマイクを手に取った。一度ゲスト達を見渡してから話を始める。
「――ご紹介に預かりました、新郎の松比良章介です。本日はご多用のところ、私達二人のためにお越し頂き、誠にありがとうございます。先程、式を無事に終え皆様の承認を受け、晴れて夫婦となりました。私達はこれより夫婦として手を取り合っていける喜びと共に、その責任の重さに身の引き締まる思いです。此処は狭い会場ですし、距離も近いのでアットホームな雰囲気で含味頂けると思います。日頃の感謝の気持ちを込めてお食事をご用意致しましたので、行き届かない点もあるかと存じますが、心ゆくまで私達夫婦をお酒のお供として楽しんでください。ありがとうございました。」
スマートに長いスピーチを一切練習せず出来るところは流石である。章介は見つめてくる千秋に微笑んで、隣の席へと戻ってきた。
「大丈夫だったかな?」
全く不安ではなさそうな風に尋ねるので千秋は思わずくすりと笑ってしまう。慣例に則り進む披露宴は乾杯、祝辞、ときて、ウエディングケーキの入刀へと入る。三段のそれは、甘いもの好きの章介のために千秋が選んだものだった。「初めての共同作業」を終えて、千秋が章介にケーキを一口食べさせると拍手が起こる。このあとは食事と歓談の時間だ。とは言ってもゲストの少ないこじんまりとしたものなのでクラシックの生演奏が響く中、時々笑い声が起きたり、新郎新婦と写真を撮ったりなど和やかに宴は進んでいく。
「社長。」
そう声を掛けてきたのは、いつぞやの秘書である。一眼レフカメラを持参しても尚、お堅い雰囲気なのは今日が彼の主の晴れの日だからだろうか。以前に千秋が見た彼は愛想の良さそうな雰囲気だったと思い出す。
「改めまして、お二人ともおめでとうございます。社報に載せたいので写真を、と。」
「ええ、構いません。でも先日言った件はわかっていますね?」
章介が問いかけると秘書は確りと頷いた。社報に載せることは了承したものの、彼は千秋の顔を載せることを拒否したのだ。二人が立ち上がって寄り添うと、数枚写真を撮ってから彼は自分の席へと戻っていった。
そして司会がお色直しの時間が来たことを告げる。先程とは雰囲気の違うクラシックの演奏が響く中、二人は一緒に披露宴の会場を抜け出し、それぞれの控室へと戻っていく。
次に彼らが現れたとき、千秋は青と白のグラデーションにところどころ金の装飾が散りばめられたAラインのドレスを纏って現れた。ドレスの裾が少し透けて、章介風に言うならば夜空を少し借りてきたといった雰囲気の美しいものだ。章介はそれに合わせて紺色のタキシードに着替えている。カラーも黒いシックなデザインで、背の高い彼によく似合っている。そして、テーブルフォトに応じる二人はとても幸せそうに時々見つめ合う。
こじんまりとした披露宴なので余興などは呼ばず、少し歓談の時間を取ったあと、いよいよ「花嫁の手紙」の時間がやってくる。司会がそれを伝えると、クラシックの演奏もヴァイオリンとピアノだけで演奏されるグリーグの「心の歌」という曲に変わって雰囲気が作られた。副題として、「君を愛す」という言葉のついた美しい旋律だ。ヴァイオリンが歌うように奏でられている。
「パパ、今日この日を迎えることが出来たのは、20年以上大切に育ててくれたおかげです。感謝の気持ちを込めて手紙を読みます。家族のために毎日働き、家族想いの優しいパパ。ママの居ない私のために毎日、慣れないながら料理や家事をしてくれたことをよく覚えています。「こんなになんでも出来るパパは他にいないよ。」とよく自分でも言っていますが、本当にその通り私にとって世界一のパパだと思います。あのときには恥ずかしくて言えなかったけれど、大学に受かったとき、就職が決まったとき、そして毎年の誕生日、他にも沢山支えて心から祝ってくれたことを嬉しく思っています。反抗期のときには散々困らせてごめんなさい。社会人になって、初めて、パパがしていてくれたことの大変さがわかりました。仕事をしながら、毎日掃除や洗濯、ご飯を作ってくれてありがとう。当たり前に思っていた日常は、パパの支えがあったからこそだと実感しました。親孝行したいので、パパ、100歳まで長生きしてね。パパが居てくれる私はとても幸せです。これから、章介さんと一緒にお互いを想いやって、笑いの絶えない明るい家庭を築いていきます。まだまだ未熟で至らない点も多いかと思いますが、これからも末永く宜しくお願いします。千秋。」
無事に読み終えたと千秋が安堵していると勿論父は泣いていて、しかも章介までもが涙を流している。寧ろ父よりも泣いているのではないか、というぐらいの様子を見ると彼女は一礼のあと章介の隣へ戻って彼の背中をよしよしと摩った。周りからは微笑ましげな視線が注がれて、少し経ってから拍手も起こった。そして二人から千秋の父へ花束が贈呈され、記念品として生まれたときの重さと同じと言うテディベアが渡された。
結局章介が落ち着くのを待って披露宴はお開きとなる。会場の入り口へ二人で案内を受け、章介の厳選した甘味をギフトとして渡しながらゲストを見送ることになる。真智は改めて写真を撮りたがり、披露宴開始前と同じく章介が二人の写真を撮った。連が同じように写真を撮りたがったときには章介が譲らなかったので、結局撮れずじまいだったが。
「今日は本当にありがとうございました。」
二人がプランナーやスタッフへの挨拶を済ませていく。人が少ないということもあって、披露宴を眺めにして二次会は行わないことになっていたので清算を済ませた章介が戻ってくる。
「僕の思った通り、そのまま夜空から降りてきたかのようです。綺麗ですよ、僕の千秋さん。」
いつもの気障が戻ってきたということは、無事に一大イベントを終えて彼もホッとしているということか。しかし初夜の前に一度着替えなければならないということで、衣裳を脱ぎに二人は一旦離れる。千秋は先程の気障は勿論、章介の謝辞でのスマートな態度や今日一日で見られた新たな一面を思い出して頬を染めた。そう思いながら着ていたドレスから、来たときに着ていたワンピース姿へ戻る。真智からの贈り物のティアラだけが残って、本物のシンデレラになったかのようだ。壊れてはいけないので、それも外してもらい先にカードキーを持って待っていた章介の元に駆け寄る。通常スタイルの彼だが、やはり何度見ても恰好いい。
「さて、行きましょうか。そろそろ夜景も見えてくるはずです。」
取った部屋は最上階のスイートルーム、これは章介が説得に応じなかった故の場所だ。どうしてもこの美しい夜景を見せたかったらしい。共に大きな窓辺へ立ち、陽が落ちてネオンの輝く光景を眺める。しかし暫くそうしていると、章介が千秋をそっと抱き寄せた。
「これで、鐘が鳴っても消えませんね――。」
「はい、落とした靴は章介さんが見つけてくれましたから。」
そう言って笑みを浮かべる千秋の首元へ手を添えた章介が悪戯に彼女の唇を啄んだ。深まる口づけに酔いしれて、二人の夜は更けていく。
千秋はヘアメイクとドレスの着付けを受けなければならず、控室に通された。あんなにも化粧に頓着のなかった彼女がすっぴんだからとマスクを着用している。
ヘアスタイルは緩く巻いたハーフアップに、ネイルは前日のうちに済ませて華やかながら落ち着いて清楚な雰囲気の漂うデザインだ。そして、真智のプレゼントであるティアラを着けてもらうと先に髪型だけが完成する。化粧はプリンセスドレスに合うように施されて別人のようである。ミカドシルクのドレスを着付けして貰った千秋が履くのは、ガラスの靴――ではないがそれとよく似たガラスの靴風のパンプスだ。足先にスワロフスキーがいくつか散りばめられて、美しいものである。因みにこの靴だけは借り物ではなく、章介が千秋へ結婚式のためにと贈ったものだった。幸せの絶頂というのはこういうものを言うのかもしれない。
一方の章介は、知り合いのプランナーや小規模とはいえ手伝ってくれるスタッフや司会などに挨拶をして回っていた。準備をしている間に、11時を既に過ぎて二人はチャペルへ向かった。これからリハーサルを行わなければならない。
「とても綺麗です、――普段なら……もっと違う言葉が出て来そうなんだけど、綺麗すぎて他に言葉が出てこない、不思議です……。改めて、僕と結婚してくれてありがとう。」
リハーサルを終えた二人には少し時間があったので、チャペルの裏庭で話をしながら写真撮影を受けることになっていた。困ったように話す章介は、やはり気障が彼にとっての壁であり照れ隠しなのだろうとわかるが今回ばかりはそれも使えなかったらしい。
「章介さんも、恰好いいです。いつもの気障な言葉も好きだけど、私は今みたいに照れてる章介さんが好き。私を選んでくれてありがとうございます。」
幸福感のある表情というのは女性にせよ、男性にせよ美しいものである。カメラマンは微笑ましい二人の写真を撮りながら、一枚だけポーズを撮るよう願い出た。花で出来たアーチの前での記念撮影だ。これは後々、彼らの家に拡大して飾られることになるのだが、まだそれを二人は知らない。
それぞれの控室へ戻った彼らはそれぞれの最終準備をして、挙式に臨むことになる。既にチャペルへは章介の招待したいつぞやのバーのマスター、そしてこの前千秋が企画書を届けに行った際に対応してくれた秘書が一人、千秋の招待した真智と連が座って始まるのを待っている。
先に新郎である白いタキシード姿の章介が先にチャペルの中へ足を踏み入れ、真っすぐと聖壇前へと進んだ。そこで彼女がやってくるのを待つのだ。ベールダウンを終えた千秋は、正装した父にエスコートされながらバージンロードを一歩ずつ着実に進んでいく。新郎である章介の隣へ立つと、美しい讃美歌が歌われる。象徴的なステンドグラスと相まって非常に荘厳且つ美麗な雰囲気だ。緊張した面持ちの彼女に、章介は微笑みかけた。教会式故か、牧師が結婚にまつわる聖書のエピソードを話し、そしてついに誓いの言葉へと移る。
「新郎、松比良章介、あなたは葉山千秋を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います。」
何度も「おとぎ話」で見た、シーンが此処にある。章介は真剣な面持ちで確りと答えた。
「新婦、葉山千秋、あなたは松比良章介を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います。」
そう答えた千秋の表情は先程の緊張した様子とは変わって明るい。ベール越しにもそれが分かる。牧師が指輪の交換をするよう、指示を出す。章介は千秋の左手を、千秋は章介の左手をそれぞれ取って指輪を嵌め合う。そして、二人を隔てていたベールが上げられ二人は微笑み合い見つめ合ったあと、軽く口づけを交わした。
牧師が二人の手を取り重ねて祈りを捧げ、「二人を夫婦として認めます。」と宣言する。結婚証明書に二人がサインをして、牧師がそれに続いた。
「今ここに、二人は夫婦となりました。異議のある方はお立ちになってください。」
牧師から参列者への軽い報告が済み、立ち上がる者は誰も居ない。いよいよ新郎新婦の退場となる。少人数ながら大きな拍手と共に二人はチャペルから出ていく。美しい扉までの道のりに、まるで明日からの日々を想像させるように明るく陽射しが射し込んでいる。そして裏庭では、参列者からフラワーシャワーによる祝福があった。幸せのお裾分けであるブーケトスも行われ、キャッチしたのは真智だった。彼女がガッツポーズをしているのを見てしまい、千秋はくすくすと楽しげに笑った。美しい裏庭に舞う花弁達とドレス姿の千秋、そして章介――終始幸せな挙式はこれでおしまいだが、次には小さな披露宴が控えている。
チャペルに隣接するホテルの小さな会場で控えめではあるも、披露宴が行われることになっている。父は「おめでとう。」と二人へ言うだけで他に言葉はなかった、恐らく照れているのだろうと千秋は思った。章介の両親は既に居ないので三人での出迎えになる。最初に入ってきたのは真智だった。まず千秋の父親へ軽く挨拶をした彼女は、新婦の方へ歩み寄る。
「馬子にも衣装ね、って言いたいところだけど本当に綺麗よ、千秋。あのファッションどころか化粧にも興味の無かったアンタが、まさかこうなるとは夢にも思ってもなかったわ。私があげたティアラもよく似合ってるじゃない、本物のシンデレラになっちゃったね。本当におめでとう。松比良さんも、おめでとうございます。」
そう伝えてから彼女は一緒に写真を撮りたがったので、章介に頼んで二人で撮ってもらう。聞けば後でSNSに載せるそうだ。結婚式ともあってとびきりドレスアップしている千秋にも異存はない。続いてやってきたのはバーのマスター。
「章ちゃんが本当に、この子と結婚しちまうとはなあ。奥さんのこと大事にしろよ。あと、おめでとう御座います。」
最後の一言は三人へ向けられたものだ、あっさりとしたものだが確りと気持ちが込められている。続いては同じく章介のゲストである彼の秘書だ。彼は会釈して、言葉少なに祝いの言葉を三人に告げて会場へ入っていった。そして最後のゲストはカフェを営む連だ、千秋は彼に数度世話になっていて慰めて貰ったり、と出会ったばかりながら印象の強い相手である。章介は、何故コイツが?と内心思っているが、祝いに来てくれている以上、何も言うことはない。
「千秋ちゃん、綺麗だったよ~って今も綺麗だけどね。今度またお店に遊びに来てよ。あと旦那さん、あまり彼女を泣かせると俺、取っちゃいますよ?なんて。じゃあ、おめでとう。あとでね。」
へらりと笑った連も会場へと入っていき、いよいよ披露宴がスタートすることになった。
司会の男性が、軽く二人の説明を始めた。
「新郎の松比良章介さんは、輸入雑貨を取り扱うⅠnfuelという会社の経営をしていらっしゃいます。新婦の千秋さんは元広告代理店にお勤めだったそうです。お二人の出逢いはロンドン、バッキンガム宮殿。正にロマンチックですね。それでは紹介を終えたところで、続いて新郎から皆様へ謝辞がございます。では宜しくお願いします。」
司会が演台から離れ、章介は慣れたように前へ出た。彼は経営者という仕事柄こういったことには慣れており、一切緊張がない。いつもの柔和な表情でマイクを手に取った。一度ゲスト達を見渡してから話を始める。
「――ご紹介に預かりました、新郎の松比良章介です。本日はご多用のところ、私達二人のためにお越し頂き、誠にありがとうございます。先程、式を無事に終え皆様の承認を受け、晴れて夫婦となりました。私達はこれより夫婦として手を取り合っていける喜びと共に、その責任の重さに身の引き締まる思いです。此処は狭い会場ですし、距離も近いのでアットホームな雰囲気で含味頂けると思います。日頃の感謝の気持ちを込めてお食事をご用意致しましたので、行き届かない点もあるかと存じますが、心ゆくまで私達夫婦をお酒のお供として楽しんでください。ありがとうございました。」
スマートに長いスピーチを一切練習せず出来るところは流石である。章介は見つめてくる千秋に微笑んで、隣の席へと戻ってきた。
「大丈夫だったかな?」
全く不安ではなさそうな風に尋ねるので千秋は思わずくすりと笑ってしまう。慣例に則り進む披露宴は乾杯、祝辞、ときて、ウエディングケーキの入刀へと入る。三段のそれは、甘いもの好きの章介のために千秋が選んだものだった。「初めての共同作業」を終えて、千秋が章介にケーキを一口食べさせると拍手が起こる。このあとは食事と歓談の時間だ。とは言ってもゲストの少ないこじんまりとしたものなのでクラシックの生演奏が響く中、時々笑い声が起きたり、新郎新婦と写真を撮ったりなど和やかに宴は進んでいく。
「社長。」
そう声を掛けてきたのは、いつぞやの秘書である。一眼レフカメラを持参しても尚、お堅い雰囲気なのは今日が彼の主の晴れの日だからだろうか。以前に千秋が見た彼は愛想の良さそうな雰囲気だったと思い出す。
「改めまして、お二人ともおめでとうございます。社報に載せたいので写真を、と。」
「ええ、構いません。でも先日言った件はわかっていますね?」
章介が問いかけると秘書は確りと頷いた。社報に載せることは了承したものの、彼は千秋の顔を載せることを拒否したのだ。二人が立ち上がって寄り添うと、数枚写真を撮ってから彼は自分の席へと戻っていった。
そして司会がお色直しの時間が来たことを告げる。先程とは雰囲気の違うクラシックの演奏が響く中、二人は一緒に披露宴の会場を抜け出し、それぞれの控室へと戻っていく。
次に彼らが現れたとき、千秋は青と白のグラデーションにところどころ金の装飾が散りばめられたAラインのドレスを纏って現れた。ドレスの裾が少し透けて、章介風に言うならば夜空を少し借りてきたといった雰囲気の美しいものだ。章介はそれに合わせて紺色のタキシードに着替えている。カラーも黒いシックなデザインで、背の高い彼によく似合っている。そして、テーブルフォトに応じる二人はとても幸せそうに時々見つめ合う。
こじんまりとした披露宴なので余興などは呼ばず、少し歓談の時間を取ったあと、いよいよ「花嫁の手紙」の時間がやってくる。司会がそれを伝えると、クラシックの演奏もヴァイオリンとピアノだけで演奏されるグリーグの「心の歌」という曲に変わって雰囲気が作られた。副題として、「君を愛す」という言葉のついた美しい旋律だ。ヴァイオリンが歌うように奏でられている。
「パパ、今日この日を迎えることが出来たのは、20年以上大切に育ててくれたおかげです。感謝の気持ちを込めて手紙を読みます。家族のために毎日働き、家族想いの優しいパパ。ママの居ない私のために毎日、慣れないながら料理や家事をしてくれたことをよく覚えています。「こんなになんでも出来るパパは他にいないよ。」とよく自分でも言っていますが、本当にその通り私にとって世界一のパパだと思います。あのときには恥ずかしくて言えなかったけれど、大学に受かったとき、就職が決まったとき、そして毎年の誕生日、他にも沢山支えて心から祝ってくれたことを嬉しく思っています。反抗期のときには散々困らせてごめんなさい。社会人になって、初めて、パパがしていてくれたことの大変さがわかりました。仕事をしながら、毎日掃除や洗濯、ご飯を作ってくれてありがとう。当たり前に思っていた日常は、パパの支えがあったからこそだと実感しました。親孝行したいので、パパ、100歳まで長生きしてね。パパが居てくれる私はとても幸せです。これから、章介さんと一緒にお互いを想いやって、笑いの絶えない明るい家庭を築いていきます。まだまだ未熟で至らない点も多いかと思いますが、これからも末永く宜しくお願いします。千秋。」
無事に読み終えたと千秋が安堵していると勿論父は泣いていて、しかも章介までもが涙を流している。寧ろ父よりも泣いているのではないか、というぐらいの様子を見ると彼女は一礼のあと章介の隣へ戻って彼の背中をよしよしと摩った。周りからは微笑ましげな視線が注がれて、少し経ってから拍手も起こった。そして二人から千秋の父へ花束が贈呈され、記念品として生まれたときの重さと同じと言うテディベアが渡された。
結局章介が落ち着くのを待って披露宴はお開きとなる。会場の入り口へ二人で案内を受け、章介の厳選した甘味をギフトとして渡しながらゲストを見送ることになる。真智は改めて写真を撮りたがり、披露宴開始前と同じく章介が二人の写真を撮った。連が同じように写真を撮りたがったときには章介が譲らなかったので、結局撮れずじまいだったが。
「今日は本当にありがとうございました。」
二人がプランナーやスタッフへの挨拶を済ませていく。人が少ないということもあって、披露宴を眺めにして二次会は行わないことになっていたので清算を済ませた章介が戻ってくる。
「僕の思った通り、そのまま夜空から降りてきたかのようです。綺麗ですよ、僕の千秋さん。」
いつもの気障が戻ってきたということは、無事に一大イベントを終えて彼もホッとしているということか。しかし初夜の前に一度着替えなければならないということで、衣裳を脱ぎに二人は一旦離れる。千秋は先程の気障は勿論、章介の謝辞でのスマートな態度や今日一日で見られた新たな一面を思い出して頬を染めた。そう思いながら着ていたドレスから、来たときに着ていたワンピース姿へ戻る。真智からの贈り物のティアラだけが残って、本物のシンデレラになったかのようだ。壊れてはいけないので、それも外してもらい先にカードキーを持って待っていた章介の元に駆け寄る。通常スタイルの彼だが、やはり何度見ても恰好いい。
「さて、行きましょうか。そろそろ夜景も見えてくるはずです。」
取った部屋は最上階のスイートルーム、これは章介が説得に応じなかった故の場所だ。どうしてもこの美しい夜景を見せたかったらしい。共に大きな窓辺へ立ち、陽が落ちてネオンの輝く光景を眺める。しかし暫くそうしていると、章介が千秋をそっと抱き寄せた。
「これで、鐘が鳴っても消えませんね――。」
「はい、落とした靴は章介さんが見つけてくれましたから。」
そう言って笑みを浮かべる千秋の首元へ手を添えた章介が悪戯に彼女の唇を啄んだ。深まる口づけに酔いしれて、二人の夜は更けていく。