おとぎ話を信じる年齢なんてとっくに過ぎました!~OLシンデレラと大人王子~
連との約束通り、千秋は翌日も彼のカフェを訪れていた。この日は昨日と違い、通常営業日の様子で、他の客も数名居る。彼女が扉を開けると、其方へ意識を向けた連が「千秋ちゃん、いらっしゃい。」と声を掛け、手を振ってくれたのでいつもの席となったカウンター前へ腰を下ろした。いつものようにブレンドコーヒーを出した彼は、昨日のケーキを切って皿に盛りつけてくれた。隣には小さなラズベリーが二つ。自分が作ったものだというのに、こうしてお店で出されるものと同じようにされると確り形になって見える。
「さ、食べてごらんよ。君の初めてのケーキ。」
言われて頷いた彼女はフォークでそれを切って一口食べた。まろやかな食感と酸味がマッチしていてなかなか美味しい。それを伝えると連はウインクをひとつした。
「ね、あんな作り方をしても作れるんだから家でも作れるよ。」
「今度作ってみる。章介さん喜んでくれるといいなあ。」
その言葉で連は、内心何故自分が先に出会わなかったのだろうなどと思ったが、にっこり笑って誤魔化した。このまま章介が帰って来ず、自分が彼女の隣に居られたらどれだけ良いだろうとも思ってしまう。
「じゃあ、ありがとう。レシピまで。」
「良いんだよ、コピーだからね。気にしないで!」
翌日は章介がパリ出張から帰ってくる日だ、千秋は朝からソワソワと連絡を待っていた。二日なら耐えられると思っていたが、連のカフェに居ない間はずっと寂しくて仕方がなかった。当然のことがなかなか当然にならないのは、時折こうして彼が出張に行くからだということが身に染みてわかる。
「おかえりなさい!」
事前連絡は貰っていたが、彼が帰ってきた瞬間に千秋は飛びつくかの如く抱き着いた。持っていた荷物があったため、上手く受け止められず二人してよろけたがそれすらも面白くて二人で笑い合う。彼らはこの瞬間がたまらなく好きだ。
「ただいま、千秋さん。お土産買ってきたよ。」
そうして広げられたのはセンスの良い入浴剤のセットと、本場のお菓子の数々だ。千秋は早速教えられたレシピでケーキを作るか迷っていたが、彼にお菓子を頼んだことを思い出して止めたのだった。
「マカロン!」
「ありがちですが美味しいですよ。こっちのショコラも。」
彼は甘味好き故か、普段より機嫌がよさそうに菓子類を広げていく。どれも美味で、こうして料理好きの舌が作られたわけかと彼女は妙に納得してしまった。
「そうだ、千秋さん。ひとつ提案があるのですが、いいですか?」
「はい、どうぞ。」
そうして菓子の食べ比べをして落ち着いたあと、章介が改まって提案だと言うので千秋は聞く姿勢に入る。深刻そうな表情にも見えてしまい、また長期の出張なのだろうかなどと考えてしまう。
「引っ越しませんか?此処よりもっと落ち着いた家に。」
「引っ越し?」
「ええ、そうです。実はお付き合いのある顧客の中に別宅を売ろうと考えている方が居まして、僕にならということで譲って頂けることになったんです。とても綺麗な場所なので僕は好きなのですがどうです?デートがてら行ってみませんか?」
帰ってきて早速で疲れたりはしないのだろうかとつい心配しそうになるが、彼は行く気満々の様子で千秋の手を握った。結局デートとしてその場に行くことになり、用意周到な彼は鍵まで借りてきているということである。
相変わらずナビシートのドアを開けてくれる彼に愛情を感じながら、千秋は車に乗り込んだ。運転席に乗り込んだ彼が車を緩やかに発進させて、郊外の方へ向かっていく。これでは通勤に不便があるのでは?と疑問に思ってしまうが、彼がなるべく千秋と一緒に居るためにリモート設備を会社に作ったことは彼女の知るところではない。秋めいた様相は、勿論木の葉も色づけてとても美しい。そして何軒かの一軒家が並ぶ区域に入るとそのうちのひとつの前で車は停まった。彼の三台の車が入りそうなガレージもあり、別館のようなものまである。レンガ造りの家はとても綺麗で、彼女は此処での生活を想像してみた。何とも素敵で「おとぎ話」から出てきたような環境になりそうだ、と思ってしまう。
遠慮なく借りた鍵を使い中へ入ると、庶民的感覚の強い千秋は思わず、「豪邸?」と呟いた。それにくすと笑った章介と共に中を見ていく、部屋はいくつもあり将来的に子どもが出来たとしても問題ないだろう。吹き抜けの天井は高く、暖炉まであるとなれば、また海外に来てしまったのではないかと錯覚してしまいそうな造りだ。大きな窓から見えるのは、中庭で水こそ入っていないがプールに小さな噴水まである。
「なかなか良いところでしょう?でも僕が見て欲しいのは他のところです。」
そうして案内されたのは少し歩いた先にある丘の上からの景色だ。街が一望出来るその場所は、確かに美しい。彼はこの景色を見て引っ越すことを提案したのだと言う。それに郊外のようで、案外アクセスはよく中心部に向けたバスも頻繁に走っているらしい。景色の美しさに見惚れていると、つい手を繋ぎたくなってしまい千秋が彼の手へ手を寄せると彼も同じ気持ちだったようで上手く繋がった。ひとまず屋敷に戻ることにして、そのまま丘を下っていく。
「何となく、この先のヴィジョンの見える家だなと思いました。」
「はい、僕もそう思っています。ずっと二人きりではないでしょうから――。」
そう言って悪戯っぽく笑う彼は人が外に出ていないのを良いことに、千秋のこめかみへ唇を寄せた。
「さ、食べてごらんよ。君の初めてのケーキ。」
言われて頷いた彼女はフォークでそれを切って一口食べた。まろやかな食感と酸味がマッチしていてなかなか美味しい。それを伝えると連はウインクをひとつした。
「ね、あんな作り方をしても作れるんだから家でも作れるよ。」
「今度作ってみる。章介さん喜んでくれるといいなあ。」
その言葉で連は、内心何故自分が先に出会わなかったのだろうなどと思ったが、にっこり笑って誤魔化した。このまま章介が帰って来ず、自分が彼女の隣に居られたらどれだけ良いだろうとも思ってしまう。
「じゃあ、ありがとう。レシピまで。」
「良いんだよ、コピーだからね。気にしないで!」
翌日は章介がパリ出張から帰ってくる日だ、千秋は朝からソワソワと連絡を待っていた。二日なら耐えられると思っていたが、連のカフェに居ない間はずっと寂しくて仕方がなかった。当然のことがなかなか当然にならないのは、時折こうして彼が出張に行くからだということが身に染みてわかる。
「おかえりなさい!」
事前連絡は貰っていたが、彼が帰ってきた瞬間に千秋は飛びつくかの如く抱き着いた。持っていた荷物があったため、上手く受け止められず二人してよろけたがそれすらも面白くて二人で笑い合う。彼らはこの瞬間がたまらなく好きだ。
「ただいま、千秋さん。お土産買ってきたよ。」
そうして広げられたのはセンスの良い入浴剤のセットと、本場のお菓子の数々だ。千秋は早速教えられたレシピでケーキを作るか迷っていたが、彼にお菓子を頼んだことを思い出して止めたのだった。
「マカロン!」
「ありがちですが美味しいですよ。こっちのショコラも。」
彼は甘味好き故か、普段より機嫌がよさそうに菓子類を広げていく。どれも美味で、こうして料理好きの舌が作られたわけかと彼女は妙に納得してしまった。
「そうだ、千秋さん。ひとつ提案があるのですが、いいですか?」
「はい、どうぞ。」
そうして菓子の食べ比べをして落ち着いたあと、章介が改まって提案だと言うので千秋は聞く姿勢に入る。深刻そうな表情にも見えてしまい、また長期の出張なのだろうかなどと考えてしまう。
「引っ越しませんか?此処よりもっと落ち着いた家に。」
「引っ越し?」
「ええ、そうです。実はお付き合いのある顧客の中に別宅を売ろうと考えている方が居まして、僕にならということで譲って頂けることになったんです。とても綺麗な場所なので僕は好きなのですがどうです?デートがてら行ってみませんか?」
帰ってきて早速で疲れたりはしないのだろうかとつい心配しそうになるが、彼は行く気満々の様子で千秋の手を握った。結局デートとしてその場に行くことになり、用意周到な彼は鍵まで借りてきているということである。
相変わらずナビシートのドアを開けてくれる彼に愛情を感じながら、千秋は車に乗り込んだ。運転席に乗り込んだ彼が車を緩やかに発進させて、郊外の方へ向かっていく。これでは通勤に不便があるのでは?と疑問に思ってしまうが、彼がなるべく千秋と一緒に居るためにリモート設備を会社に作ったことは彼女の知るところではない。秋めいた様相は、勿論木の葉も色づけてとても美しい。そして何軒かの一軒家が並ぶ区域に入るとそのうちのひとつの前で車は停まった。彼の三台の車が入りそうなガレージもあり、別館のようなものまである。レンガ造りの家はとても綺麗で、彼女は此処での生活を想像してみた。何とも素敵で「おとぎ話」から出てきたような環境になりそうだ、と思ってしまう。
遠慮なく借りた鍵を使い中へ入ると、庶民的感覚の強い千秋は思わず、「豪邸?」と呟いた。それにくすと笑った章介と共に中を見ていく、部屋はいくつもあり将来的に子どもが出来たとしても問題ないだろう。吹き抜けの天井は高く、暖炉まであるとなれば、また海外に来てしまったのではないかと錯覚してしまいそうな造りだ。大きな窓から見えるのは、中庭で水こそ入っていないがプールに小さな噴水まである。
「なかなか良いところでしょう?でも僕が見て欲しいのは他のところです。」
そうして案内されたのは少し歩いた先にある丘の上からの景色だ。街が一望出来るその場所は、確かに美しい。彼はこの景色を見て引っ越すことを提案したのだと言う。それに郊外のようで、案外アクセスはよく中心部に向けたバスも頻繁に走っているらしい。景色の美しさに見惚れていると、つい手を繋ぎたくなってしまい千秋が彼の手へ手を寄せると彼も同じ気持ちだったようで上手く繋がった。ひとまず屋敷に戻ることにして、そのまま丘を下っていく。
「何となく、この先のヴィジョンの見える家だなと思いました。」
「はい、僕もそう思っています。ずっと二人きりではないでしょうから――。」
そう言って悪戯っぽく笑う彼は人が外に出ていないのを良いことに、千秋のこめかみへ唇を寄せた。