おとぎ話を信じる年齢なんてとっくに過ぎました!~OLシンデレラと大人王子~
 「あの家、契約を決めてきましたよ。」
 「ありがとうございます。そしておかえりなさい。」
 「ただいま。」と言って抱き合う二人はひとまず部屋へと戻る。あのあと結局二人は話し合いの結果、引っ越しを決めたのだった。決め手は景色と、そして何よりあの家で二人、暮らしていくというヴィジョンが見えたことである。
 こうなってしまっては引っ越しの支度をしなければならない。持っていけそうなものは持っていくが、彼の美的センスと「神経質」によって殆どの家具は新たに買うことになったので荷物を箱に詰めていくことになる。
 「作業は進んでいますか?」
 「あー、はい……此処に越して来てから開けてないものもありますから。」
 「でも、その様子だとあまり進んでいなさそうですね――また新たに買えば思い出も増えますから、ときには捨てることも大事ですよ。」
 様子を見に来た章介に、そう言いながらも千秋は内心焦っていた。それを察した彼がくすと笑ってアドバイスをくれる。気を付けてはいたものの何せ荷物が格段に増えているのだ。頓着していなかったはずの服や装飾品が増え、デートの思い出として贈られたものや買ったものなどが多くを占めている。一方、章介は経営者という職業柄、損切が早いため必要なもの、不要なものと次々に作業を進めているようだ。しかも彼は元々ミニマリストのようなところがあり、実用的なものばかりしか持っていない。しかし千秋は服を片付けている最中にも、なんだかんだとこれを着た日のデートことや仕事のことなどを思い出してしまい、なかなか進まない。以前、素早く引っ越しの準備が済んだのは間違いなく彼女のフェアリーゴッドマザー的存在である友人の真智が居たからだということが身に染みてわかってしまう。友人である彼女もまた、損切の上手な人間なのである。半分ほど、やっと詰め終えたところで章介から声がかかり、二人で家具などを見に行くことになった。既にあそこは素敵な家だったが、まだ改装の余地があると言う彼は流石輸入雑貨を取り扱っているだけあって拘りが強い。しかも話を決めてから既に元のオーナーと話をつけ、既に引っ越しは済まされていると言う。そして建付け家具の手配や改装まで簡単に済ませてしまった。色々なところに顔が利く彼は今回、特に行動が早かった。
 「とりあえず、建付け出来る家具は置いておくとして、今回は照明辺りを見に行きましょうか。あとは、ソファやベッドですね。」
 こういった点については専門家である彼に任せた方が良いだろうと、千秋は頷いた。彼曰く、日本の照明は上から照らすばかりで落ち着きがないとのことだ。そして彼自身が輸入家具を自ら用意しないのは、こうやって一緒に選ぶ時間も共有して楽しみたい、そして一緒に作っていきたいからということらしい。やってきた高級家具店で二人は主に間接照明の並んだブースを眺めている。
 「これなんかどうですか?」
 章介が指したのは木の温もり感じられる、暖かな灯りが特徴の照明だ。千秋はそれを置いた、あの家の様子を想像してみた。実にしっくりきそうである。
 「良いですね。全てこれにするのはもったいないですし、似たような感じのものを他にも探しませんか?」
 「同じことを考えていました。照明は人が住むにあたって、重要でインパクトのあるものですからね。」
 ひとまず彼が指した照明を二つ購入することを店員に告げて、彼らは他のものを見に行く。
 「あ、あれ。」
 千秋が指したのはヴィクトリアン風のシャンデリアのようなものだった。電気がつくとろうそく型のライトが点灯するものだ。しかも調光機能までついているらしい。
 「ふむ、お目が高い。流石は僕のシンデレラです、あれがダイニングについているのが想像出来ました――ダイニングはあれに決めましょう。あとは、雰囲気に合う間接照明も欲しいところですね……。」
 顎に手を添えて考え始めた章介は真剣そのもので、千秋はつい見つめてしまう。しかしそれに気づいた彼が彼女に小さく微笑みかけたことではっとして目を逸らしてしまう。
 「あのフロアランプは落ち着きがあって良いと思うんですが、千秋さんはどう思います?」
 ダイニングに設置する間接照明のことだ。ランプシェードのように小さなシェードが三つほどついて、暖かな光を放っている。ガラスで出来た装飾が下がっているところも可愛らしい。
 「可愛いですね、これ。好きです、こういう雰囲気。なんだかイギリスみたい。」
 いつの間にか微笑む千秋を見た章介の表情も和らいで、さくっと決定してしまう。専門家と一緒だと家具選びもこんなに早いのかと思いつつ、デート気分の買い物を楽しむことも忘れず手を繋いでみる。
 「あと寝室はランプシェードで良いでしょう。僕の好みで良ければ、これで。」
 黒いシェードが特徴的なそれは、灯りこそ暖かいがシックな雰囲気である。そういえば今の家の寝室にも似たようなものがあったと千秋は思い出す。つまり彼は寝室は落ち着いた雰囲気のものを好むということだ。次々に決まっていく照明の数々に引っ越しへの期待感も高まる。
 「照明はこの辺りにして、次はソファですね――どんなのが良いかな。」
 「私、ロンドン旅行に行ったときにベルベッドのソファに座ったんですけど、それが好きだったなあ。ふかふかして、そのまま寝ちゃいそうな感じの。」
 手を繋ぎながら歩く二人は、後ろをついてくる店員の存在など忘れたかのように新しい家について考えている。
 「じゃあ、そういったものを探しましょう。――失礼、ベルベッドのソファの取り扱いは?」
 気づいたように章介が店員に問いかけると、彼女は恐縮したようにして案内をしてくれる。特段威圧しているわけではないが、購入するものがあまりに多くて驚きもあるのかもしれない。案内されたブースには想像通りのものが沢山置いてあった。
 「うーん、横になることを考えると3シーターですが2シーターも距離が近くて良いですよね。」
 章介の気になるところはそこらしい。だがあの広い家ならば3シーターがちょうどいいと説得して、チェスターフィールドのそれを選び、青色のそれは一人掛けのものもセットで購入することになった。続いてはベッドの方だが、これはサイズで若干悩みが出る。広いベッドも良いが、敢えて狭くて引っ付いて眠るのも良いなどと言う新婚特有の話である。しかも章介の言うキングサイズは日本での取り扱いが少なく、殆どクイーンサイズらしい。「神経質」な章介だが試さなければ良さはわからないということで、二人で横になってみると高身長の彼と一緒でもちょうど良いサイズ感だったので、結局クイーンサイズのベッドで手を打つことに決める。
 「シーツ、何色が良いですか?」
 「うーん、落ち着いた色ならなんでも。章介さんの好みがいいな、私は永久就職の身ですし。」
 ならば、ということで彼が選んだのはホテル仕様の茶色いシーツだ。それに合わせて枕やクッションなどもいくつか一緒に選んだ。千秋は何故か、大きなチョコレートを食べる彼を想像してしまいくすと笑った。
 「どうしました?千秋さん。」
 「いえ、ふふ――楽しみだなと思って。」
 「それは良かった。」
 さらりとついた嘘だったが、当然バレることなく幸せそうな千秋を見る章介もどことなくそういった雰囲気を放っている。彼の秘書曰く「奥様といらっしゃるときの社長はそれこそ天の使いのようですが、仕事のときはその落差で悪魔に見えます。」とのことだが、それはたまたま電話を代わりにとった千秋のみが知ることだ。しかし千秋は仕事中の彼の姿を見たことがないので、どの辺りが悪魔なのかまでは知らない。
 大体の家具が揃い、あとは改築と建付け家具の取り付けが済むのを待つばかりだ。食器やカトラリーの類は、料理をするのが章介ということで彼に任せてしまう。勿論、選ばれたのはシンプルなものから洋風、和風のものまで様々で、ミニマリストなところがありながら、拘るところは拘る彼の性格が垣間見えたのは言うまでもない。
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