おとぎ話を信じる年齢なんてとっくに過ぎました!~OLシンデレラと大人王子~
結局それからも章介から誘われるままに千秋はデートを重ねたが、何とも健全なもので、からかわれているのだろうか、とすら思えてくる。しかし毎度プレゼントされた服を着ていること、そしてそれがとてもよく似合っていることを確り褒めてくれるので最低だった自己肯定感も少しずつ高まりつつある。実際、彼女は初めて真智抜きにデパートでコスメを買った。
「最近、葉山さん綺麗になったよね~。」
同僚の女の子にそう言われて単純に嬉しく思えたのも恐らく自己肯定感が上がったためだろう。それまでは褒められても、全く自分のこととは思えず「社交辞令どうも。」程度にしか思っていなかったからである。今夜は会社の近くのレストランで食事をしないかと誘われているため、千秋は確りと化粧をして例のフレアスカートを身に纏っていた。上はふんわりとしたブラウスである。胸元にはプレゼントされたネックレスが輝く。彼女はすっかり章介好みにデザインされていたが、彼女自身もそれを悪いと思うどころか嬉しく思っていた。
約束の時間となり少し浮足立った気持ちで待ち合わせ場所へと向かう。いつものように章介が此方へ向かって手を振ったので、彼女は控えめに手を振り返した。
「こんばんは、お仕事お疲れ様。」
「はい、こんばんは。章介さんもお疲れさまです。」
今夜はいつものスポーツカーがないのでアルコールも、ということなのだろう。二人は以前より慣れた様子でレストランへと足を運び、案内された席へ着く。気のせいだろうか、予約を取りづらいと噂のあった店だが他に客の姿が見えない。兎も角、夜景の素敵な窓辺の席は雰囲気たっぷりでこれがデートなのだと思ってもいいような気がしてくる。今まで特に彼から好意についての話を聞いたことはないので千秋は毎度どのように捉えてよいのか考えるのだ。しかし今夜はいつもの食事と雰囲気が違うことは確かだ。
「折角ですし、貸し切りなのでどうか気を楽にしてくださいね。」
さらりと言い放つ彼に千秋は数度瞬きを繰り返した。しかし毎度何かしらの方法で驚かせようとしてくるので、その一環だろうと判断して彼女は素直に礼を言った。それを見た章介が深く頷き、柔和に微笑んでウエイターを呼んだ。いつも食べるものは詳しい彼に任せてしまっているので千秋もその様子を眺めては、美しい夜景に視線を移した。高層階にあるこのレストランは下の喧騒など打ち消して、店内には穏やかなクラシックがかかっている。照明は明るすぎなく、暗すぎもしない雰囲気の良い場所だと眺めてみて思った。
当たり前のようにワインが運ばれてきて、乾杯してから食前酒のようにそれを口にする。いつもは何かしら話しかけてくる章介だが、今夜に限っては何故か言葉少なだ。アミューズが運ばれてきたところでやっと彼が口を開いた。
「気を楽に、とは言いましたが今夜は僕が少し緊張しているようです。」
そう言って笑う彼の表情からは緊張を感じないが、千秋もつられて笑って食事を続ける。
「よく予約取れましたね、ここ。しかも貸し切りだなんて。」
「ああ、ここのオーナーが僕のお得意様なんです。ですから特別に、少しの時間だけ。」
こう考えると本当に章介は各方面に顔が広い。輸入雑貨を扱うともなれば、営業で色々な人と会って知り合うのだろうと納得して千秋は小さく笑んだ。
食事も会話もするりと進み始めれば早いもので、フルコースもあとはデザートとコーヒーを残すのみとなった。カートに乗せられて運ばれてくるデザートは、この店の中でも美味しいと有名なものなので期待感は高まる。お腹は既にいっぱいだが、デザートは別腹。あれは本当だと思っている。ところが甘味好きの章介が何も言わないのがとても不思議だ。
やってきたカートの上には花束、そしてガラスの靴が片方。これはなんと言うべきか、千秋は驚いて声も出なかった。何を意味するかはわかっている、だが章介は普段と違う様子を見せてはいたが特段そういった素振りを見せたことはなかったのだ。
ウエイターが去っていき、いつの間にか照明も先程より暗くなったところで、おもむろに章介が立ち上がりガラスの靴を手に跪いた。
「突然のことで驚かせてしまって申し訳ないね。――良ければ、僕のシンデレラになってくれませんか?」
あまりに自然な仕草に「おとぎ話」の中にでも入り込んでしまったかのような感覚を得る。驚いていた千秋は、はっと我に返って頷き履いていたヒールを脱いだ。そこへ確りと履かされるぴったりのガラスの靴、夢を見て現実に戻ったものの再び夢の中へ連れていかれる本物のシンデレラのようだ。彼女は他人事のようにそう思っていた。
「履いてくれたということは――、」
いつもは大人の余裕たっぷりの彼もこの時間ばかりは少々不安げにしている。千秋は彼を見つめ、確りと頷いた。
「私を――、章介さんの、シンデレラにしてください。」
まさかこんな台詞を現実に言うことになるとは思わず、思わず笑ってしまう。出会ったばかりの頃が嘘のように、彼女はハグを求めて両腕を広げた。色々と展開を飛ばしたような気もするが彼ら二人にはそれは関係ないのである。包み込むようなハグを受け止めた千秋は幸福感で胸をいっぱいにして感動するばかりだ。出会って一か月程度だが、これを運命と言わずに何と言うのだろうかと思っていた。信じられなかったおとぎ話も今ならば信じられる気がする。
その後、思い出したように差し出された指輪にはネックレスと揃いのブルーダイヤモンドが嵌めこまれている。左手の薬指に確りと嵌められた指輪を窓辺に透かして眺めてみた。控えめながら美しいデザインは派手過ぎず、千秋好みだ。そうこうしている間に、名を呼ばれながら腕を引かれ抱き留められる形になってしまった。彼女は大人しく瞳を閉じて、柔らかく降ってきた唇を享け止めた。
「美しい僕のシンデレラ、鐘が鳴っても消えないでいてくださいね。」
そう言って微笑む彼の頬に薄暗い灯りが当たって、とても綺麗に見える。本当の王子様のようだと、今夜のシンデレラは何度も頷き次を強請るように彼の首へ腕を回した。
「最近、葉山さん綺麗になったよね~。」
同僚の女の子にそう言われて単純に嬉しく思えたのも恐らく自己肯定感が上がったためだろう。それまでは褒められても、全く自分のこととは思えず「社交辞令どうも。」程度にしか思っていなかったからである。今夜は会社の近くのレストランで食事をしないかと誘われているため、千秋は確りと化粧をして例のフレアスカートを身に纏っていた。上はふんわりとしたブラウスである。胸元にはプレゼントされたネックレスが輝く。彼女はすっかり章介好みにデザインされていたが、彼女自身もそれを悪いと思うどころか嬉しく思っていた。
約束の時間となり少し浮足立った気持ちで待ち合わせ場所へと向かう。いつものように章介が此方へ向かって手を振ったので、彼女は控えめに手を振り返した。
「こんばんは、お仕事お疲れ様。」
「はい、こんばんは。章介さんもお疲れさまです。」
今夜はいつものスポーツカーがないのでアルコールも、ということなのだろう。二人は以前より慣れた様子でレストランへと足を運び、案内された席へ着く。気のせいだろうか、予約を取りづらいと噂のあった店だが他に客の姿が見えない。兎も角、夜景の素敵な窓辺の席は雰囲気たっぷりでこれがデートなのだと思ってもいいような気がしてくる。今まで特に彼から好意についての話を聞いたことはないので千秋は毎度どのように捉えてよいのか考えるのだ。しかし今夜はいつもの食事と雰囲気が違うことは確かだ。
「折角ですし、貸し切りなのでどうか気を楽にしてくださいね。」
さらりと言い放つ彼に千秋は数度瞬きを繰り返した。しかし毎度何かしらの方法で驚かせようとしてくるので、その一環だろうと判断して彼女は素直に礼を言った。それを見た章介が深く頷き、柔和に微笑んでウエイターを呼んだ。いつも食べるものは詳しい彼に任せてしまっているので千秋もその様子を眺めては、美しい夜景に視線を移した。高層階にあるこのレストランは下の喧騒など打ち消して、店内には穏やかなクラシックがかかっている。照明は明るすぎなく、暗すぎもしない雰囲気の良い場所だと眺めてみて思った。
当たり前のようにワインが運ばれてきて、乾杯してから食前酒のようにそれを口にする。いつもは何かしら話しかけてくる章介だが、今夜に限っては何故か言葉少なだ。アミューズが運ばれてきたところでやっと彼が口を開いた。
「気を楽に、とは言いましたが今夜は僕が少し緊張しているようです。」
そう言って笑う彼の表情からは緊張を感じないが、千秋もつられて笑って食事を続ける。
「よく予約取れましたね、ここ。しかも貸し切りだなんて。」
「ああ、ここのオーナーが僕のお得意様なんです。ですから特別に、少しの時間だけ。」
こう考えると本当に章介は各方面に顔が広い。輸入雑貨を扱うともなれば、営業で色々な人と会って知り合うのだろうと納得して千秋は小さく笑んだ。
食事も会話もするりと進み始めれば早いもので、フルコースもあとはデザートとコーヒーを残すのみとなった。カートに乗せられて運ばれてくるデザートは、この店の中でも美味しいと有名なものなので期待感は高まる。お腹は既にいっぱいだが、デザートは別腹。あれは本当だと思っている。ところが甘味好きの章介が何も言わないのがとても不思議だ。
やってきたカートの上には花束、そしてガラスの靴が片方。これはなんと言うべきか、千秋は驚いて声も出なかった。何を意味するかはわかっている、だが章介は普段と違う様子を見せてはいたが特段そういった素振りを見せたことはなかったのだ。
ウエイターが去っていき、いつの間にか照明も先程より暗くなったところで、おもむろに章介が立ち上がりガラスの靴を手に跪いた。
「突然のことで驚かせてしまって申し訳ないね。――良ければ、僕のシンデレラになってくれませんか?」
あまりに自然な仕草に「おとぎ話」の中にでも入り込んでしまったかのような感覚を得る。驚いていた千秋は、はっと我に返って頷き履いていたヒールを脱いだ。そこへ確りと履かされるぴったりのガラスの靴、夢を見て現実に戻ったものの再び夢の中へ連れていかれる本物のシンデレラのようだ。彼女は他人事のようにそう思っていた。
「履いてくれたということは――、」
いつもは大人の余裕たっぷりの彼もこの時間ばかりは少々不安げにしている。千秋は彼を見つめ、確りと頷いた。
「私を――、章介さんの、シンデレラにしてください。」
まさかこんな台詞を現実に言うことになるとは思わず、思わず笑ってしまう。出会ったばかりの頃が嘘のように、彼女はハグを求めて両腕を広げた。色々と展開を飛ばしたような気もするが彼ら二人にはそれは関係ないのである。包み込むようなハグを受け止めた千秋は幸福感で胸をいっぱいにして感動するばかりだ。出会って一か月程度だが、これを運命と言わずに何と言うのだろうかと思っていた。信じられなかったおとぎ話も今ならば信じられる気がする。
その後、思い出したように差し出された指輪にはネックレスと揃いのブルーダイヤモンドが嵌めこまれている。左手の薬指に確りと嵌められた指輪を窓辺に透かして眺めてみた。控えめながら美しいデザインは派手過ぎず、千秋好みだ。そうこうしている間に、名を呼ばれながら腕を引かれ抱き留められる形になってしまった。彼女は大人しく瞳を閉じて、柔らかく降ってきた唇を享け止めた。
「美しい僕のシンデレラ、鐘が鳴っても消えないでいてくださいね。」
そう言って微笑む彼の頬に薄暗い灯りが当たって、とても綺麗に見える。本当の王子様のようだと、今夜のシンデレラは何度も頷き次を強請るように彼の首へ腕を回した。