一夜では終われない~ホテル王は愛しい君を娶りたい~
「忘れてるわけじゃないだろうに言わなかったんだな」
まだ彼について知らないことがあるとは思いたくなかった。
カクテルを半分ほどひと息に飲んでしまい、自分の動揺を悟る。
「それはいつの話なんですか?」
「深冬が五歳で俺が九歳の時だ。いわゆる身代金目当てってやつだね」
彼らは生まれたその瞬間から橘家の御曹司だ。
五百年も続く老舗の旅館を守り続けた祖父と、国内外にある多くのホテルを経営する父と、犯罪者からすればふたりは大金を引っ張るためのちょうどいい道具に見えたことだろう。
幼いふたりを思うだけで胸が痛くなり、握る手に力が入る。