一夜では終われない~ホテル王は愛しい君を娶りたい~
 でも、私は〝彼〟が見た目ほど恐ろしくない温かな人だと知っている。否、知っていたと言うべきか。

「どうして……」

 思わず唇からこぼれ出た疑問は、幸い隣にいたコンシェルジュに聞かれなかった。

 現れたその男性はかつて私が愛した橘深冬だった。

 十年前はまだ若さゆえの甘さが残っていた顔立ちに、今は成熟した大人の男の落ち着きと経験が刻まれている。

 大学の頃ですら素敵な人だと思ったが、今は磨き上げられた刃のような触れがたい冷たい美しさがあった。完璧な頭身と相まって、名のある芸術家が創り上げた彫刻に命が吹き込まれたのかとすら思ってしまう。

< 39 / 261 >

この作品をシェア

pagetop