身代わり花嫁は若き帝王の愛を孕む~政略夫婦の淫らにとろける懐妊譚~
椿が自宅に帰ってきたのは二十三時を過ぎた頃だった。居間の電気はすでに落ちている。

父は一階の奥の部屋ですでに床についたようだ。

明かりが灯っていたキッチンでは、母が風呂上がりの乾ききっていない髪と寝衣のまま、使った湯呑みを洗っていた。

「椿、こんな時間までどこ行ってたの」

母が心配そうな声をあげる。もし椿が妊娠していると知れば『身重なのにこんな遅くまで!』ともっと激しく叱るだろう、今は言わないでおこうと心に決める。

「仁さんのところ。一応、顔を合わせて報告した方がいいかと思って」

「そう……悪かったわね、椿にばかり気を遣わせてしまって」

母は洗い物を終え湯呑みを水きりカゴに置くと、椿の両肩にそっと手を置いた。

「菖蒲はああ言っていたけれど、菖蒲がいない間、椿はとてもよく頑張ってくれていたわ」

「ありがとう」

答えつつも、椿の心中は複雑だった。菖蒲の代わりを完璧に務められていたとは思わない。やはり菖蒲はこの家に必要な人間だ。

帰ってきてくれてよかったと思うと同時に、不甲斐ない気持ちになる。

「京蕗さんとのことは、椿がきちんと話し合って決めなさいね。誰かに遠慮する必要はないの。自分がこれからどうしたいのか、きちんと口に出すのよ」

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